終わりを知らされないマラソンレース。いつまで、どこまで走ればいいかわからずに、バタリと倒れたその地点がゴール……。
人生をそんなふうに例えてみると、僕たちはどうやら理不尽な競技を強いられているらしい。ゴールがわからず走ったり歩いたりしてるので、日々を緊張感のないまま漫然と生きてしまう。
ところが、吟ムツの会『八百屋のお告げ』の主人公・多佳子は、ゴール地点を知らされたランナーだ。八百屋の不思議なお告げによって、自分の命は月曜の夜までと知る。
あまりに急なレースの終焉。もしかしたら多佳子は、このままお告げの信憑性をくよくよ考えたり、いつものように平凡な時間を過ごして、最後の1日を終えてしまうかもしれない。
だけど多佳子には女友達が2人いた。幸運だ。最後の1日をにぎやかなものにしてくれ、多佳子は2人に背中を押されるようにして、高くて買えなかったものを思い切って買ったり、ずっと心に残っていた男性に電話したりする。
死を意識したときに、人間はようやく本当に生きはじめる、という物語は様々あって、黒澤明の『生きる』なんかも有名だけど、おもしろいのは、余命を知った当人だけじゃなく、まわりの人たちも影響されていくことだ。
『八百屋のお告げ』は変わっていて、多佳子の友達2人が影響されていくと思いきや、3人の、みじめで哀れで愛すべき男たちにスポットライトが当てられる。訪問販売の男が、毎日なにを糧に仕事をしているか語るけど、それを笑うことは誰にもできないだろう。つらい日々をなんとか生きるために編み出した卑小な楽しみだ。彼は多佳子の家で、同じ喜びを見いだしていた運送業の男と出会うわけだけど、ここは笑いあり気持ち悪さありの名場面だ。さらに、保(たもつ)と名付けられ、自分からなにかを変えることはできないことを運命づけられた28歳の司法浪人生の登場。おそらく脚本上では目立たない役のはずなのに、棚田満という役者にかかると、こうまでも存在感のある人物になってしまうのか。
レディオヘッドの『クリープ』的男3人の異様な輝きのせいで、この舞台はいびつにゆがむ。本来は、ほのぼのさをまとった女性3人の人生後半の生き方的物語を期待してしまうけど、笑いも涙も楽しさもつらさも、さらには人間が人間であることの美しさや気持ち悪さをも飲み込んだ結果、本作は、すばらしい人生悲喜劇に昇華した。
多佳子の友人・邦江が、失った愛について怒濤のごとく語る本作屈指の名場面。演じたナガムツの力強さと演出の美しさに涙が出た。余命を知り変わったのは、多佳子やその周囲の人たちだけじゃない。この劇を観た観客もまたそうなんだろう。
公演場所:ことにPATOS
公演期間:2016年8月6日~8月13日
初出:演劇シーズン2016夏「ゲキカン!」
text by 島崎町