「亀」じゃないのに。─札幌座『象じゃないのに…。』

斎藤歩さんの新作、ということでかなり期待していました。『亀、もしくは…。』を引き合いにした宣伝が打たれていたので、そちら方面の作品(って何だ笑)とは思っていたのですが。

オープニングに流れるオリジナル曲はオーソドックスに“象”を彷彿とさせる楽曲。既に何回も上演されてきた代表作をこれから観るようなムードに包まれます。たった1曲で客席を温めてしまう“音楽”は、斎藤歩作品の大きな強みだなあといつも感心します。
ただ、観ながらやはり僕はどうしても『亀〜』との比較に走ってしまうのでした。

『亀〜』は、誰が異常で誰が正常かというモノサシの不確かさや危うさを提示していますが、登場人物は(いろいろな仕掛けはあれど)実は社会的にはハッキリと「患者」と「(元はいちおう)正常な世界の人」に分ける事ができます。しかしながら、『象〜』では、(糾弾される飼育員も含めて)誰もが社会的には「正常」な側に属しながら、誰一人としてマトモには見えない。そしてそれぞれが主張する「正しさ」は、言動一つでいくらでもその判断基点が用意に移動してしまう。言われている側だけでなく、言っている側の資質が暴露されたり──いわずもがなの社会風刺、政治風刺です。

本来は動物園の猛獣(?)を隔離遮断するための重い扉や鉄格子が、まるで精神病棟のそれのように見える舞台装置も印象的。不安な情景の部屋に、最後に“象”と並んで座る飼育員の姿が絶妙で、それだけである種の心象風景を描いた西洋画家の作品のようでした。
 
5人の突出したキャストに安心して身を委ねて物語を愉しみながらも、僕は、この作品は今後どのように育っていくのだろう、と考えていました。

序盤、事件の背景を親切にまくしたててくれる刑事(斎藤歩)。ああいった斎藤さんの演技は大好きなのですが、作品というよりはかなり「個人技」に見えてしまいもする。想像するに原作にはない脚色部分が大きく、それは今後も時勢に合わせて上演ごとに微妙に変わっていく部分でもあるのでしょう。それが『亀〜』とは違うフレキシブルな部分ではあるのかな(その時々の政治ネタを挿入できる、という意味で)。ただしそういったリアルタイムの風刺は、根源的な作品価値よりもむしろ「その場の面白さ」に留まるような気もする。この作品が熟成されていくのは、やはり「飼育員」の告白や独白の部分なんだろうな。役者の表現や演出で、見え方は(亀以上に)変わっていきそうな気もする。

初回から安定した満足度がありましたが、見終わると同時に来年以降の再演にはや心が向かっていたのは、「新作」に対する期待があまりにも大きかったからでしょうか。

僕はきっと「名作然とした安定感」よりも、「刺激」が欲しかったのかも知れません。

2017/5/14(日)14:00 シアターZOOにて千秋楽を観劇
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札幌座『象じゃないのに…。』5/11(木)〜14(日)
原作:イ・ミギョン「そうじゃないのに」/脚色:斎藤歩
翻訳・ドラマトゥルグ:木村典子
演出・音楽:斎藤歩
出演:
刑事/斎藤歩
母親/原子千穂子
同僚飼育員/佐藤健一
精神科医師/山野久治(風の色)
飼育員/川崎勇人(劇団東京乾電池)

text by 九十八坊(orb)

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