初心が生んだ奥深い傑作 弦巻楽団『ナイトスイミング』

演劇の楽しさというシンプルな初心の誠実さを持った、スッと美しく均整のとれた、しかも確かな質量を持った劇に出会えた喜びで僕は久々に満たされました。ぜひ、再演を重ねて多くの人に長く劇の成長を見てもらえる弦巻楽団の宝にして欲しいと思います。なかなかしないことですが、作家の頭の中が知りたくて上演台本を買い、弦巻自身にサインしてもらったくらい。

SFって映画では大好きなジャンルですが、お芝居では苦手です。SFというしつらえが、絶対的な必然性があると思えないことが多いからです。この点は、やられました。SF万歳!劇の粗筋はあえて書きません。「ナイトスイミング」は、2014年のTGR札幌劇場祭参加作品で、観客賞にあたるオーディエンス賞を受賞したばかりではなく、若手演出家コンクールで最終審査まで進出した作品です。弦巻は、演出ノートで「演劇にハマって、あの時夢見たことをやろう。憧れていたことをやろう。ただやりたいことをやろう」、と書いています。作家が「書きたいこと」を劇にしたという、真っ直ぐさがこの劇の善なるものを支えています。確かに設定はSFですが、奇をてらうことなく速球勝負な作劇がやはり弦巻の持ち味でしょう。主人公のサルタ(深浦佑太)が不時着した謎の星で、かつて宇宙船の事故で亡くなったはずの同級生たちと出会う長いシークエンスが劇をグイグイと引っ張るのですが、学芸会で練習していた「走れメロス」のくだりが主題の通奏低音として見事に鳴っています。とにかく本が素晴らしいです。劇の構造もさることながら、同級生たちがいる星の1ヶ月は地球時間で20年経っているという浦島太郎のジレンマも、時には力技もありますが、最後まで破綻することはありません。台詞がとてもキレイで、「必ず、助ける!必ず戻ってくる!」「君は、ちゃんと大人にならなきゃ」「私は約束を守ります」という平易な台詞が粒立って胸を打たれました。誰もが思春期に経験する友情や友だちとの葛藤、そして挫折や苦い後悔、蹉跌のようなものを背景として、物語が進むにつれ劇の世界は奥行きを増していき、どこか僕たちの内面の普遍に到達しています。

人物も非常によく彫られていて、舞台がきちんと演出家の意思で回っていることが感じられました。キャスティングとアンサンブルも素晴らしかったと思います。生き残ってしまったサルタ、ミシマ(村上義典)、オクヤマ(成田愛花)は出色。サルタを演じた深浦のずっと体温の低い演技はとても計算されていて、自分たちだけが生き残ってしまったという違和感や先へ進めない感をよく出していました。だから、終劇の方での感情を爆発させる台詞「助けられなかった。何も出来なかった。約束も守れなかった。俺は、生き残りたくなんてなかった…出来るなら、皆んなと死にたかった‼︎ 20年間、ずっとその場所を探していたんだ‼︎ 」が、リアルとして壊れていく宇宙船内から溢れ出しました。サルタの親友だったタケミナ(佐久間泉真)、アンドロイドの添乗員カモワケ(遠藤洋平)、メロス劇での王を演じたハチマン(山木眞綾)も印象に残りました。バックステージも見事でした。美術(川崎舞)、衣装(佐々木青、斎藤もと)、振付(渡辺倫子)。コンカリーニョ付きの照明の高橋正和は、いつもながらのプロフェッショナルな匠の美しさで劇を盛り立てました。

「ナイトスイミング」は、きっとSFジュブナイル劇なのかもしれません。誰もが大人になるためには、未来という見通しの極めて暗く不確かな夜のプールを、できれば泳ぎ切らなければならない。何か大きなものを失って、大切な誰かを失っても、僕たちは生きていく。ここではない何処かへ向かって。この作品は、ぜひ弦巻楽団のレパートリーにして、再演を通して大きく成長させて欲しいと思います。弦巻啓太という作・演出家のシグナチャーがよく出ていたし、感じられました。

ちょうど、観劇した日にチカホで、12シーズン目を迎えた札幌演劇シーズン2017-夏-のキックオフがおこなわれました。実行委員長も、荻谷忠男氏から北海道テレビ社長の樋泉実氏に引き継がれました。より一層、演劇都市札幌のために尽くして頂きたいと思います。参加5団体、yhs、パインソー、ミュージカルユニットもえぎ色、イレブンナイン、そしてintro がそれぞれ趣向を凝らしたパフォーマンスでキックオフを盛り上げてくれました。劇とは、舞台と観客の間に立ち昇る一期一会の奇跡のような出会いです。札幌の演劇シーンの盛り上げの片方の主役は、僕たち観劇人ですよね。責任重大。これからも観て、応援したいと思います。

最後に。この劇の終わらせ方は観客それぞれとの相性があると思います。サルタとタケミナの関係性は、それほど伏線がきちんと張られているとはいえないので、いきなり回収されたような印象を持った方もいらっしゃるでしょう。僕は、人が書き、演じるナマモノである演劇は、あまりキメキメでなくてもよいと思っている派です。物語の流れと台詞の力、そしてなんともいえない役者同士の身体性の交歓は成立していたと思いますし、だから最後の台詞はサルタ(深浦)ではなく、タケミナ(佐久間)に作家は与えたのだと、僕は好感しました。付け加えておきます。

7/13(金)サンピアザ劇場

text by しのぴー

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