[観劇雑感]『Princess Fighter』を見て思い出した5冊

投稿者:島崎 町

 
もえぎ色『Princess Fighter』を観劇してから5冊に触れるもよし、5冊のどれかを知っていて(興味があって)、劇を観ようと思ってもよし、という企画です。
 
 
『トゥルーデおばさん グリムのような物語』/諸星大二郎/朝日新聞出版
 
『Princess~』は、白雪姫やシンデレラなど、童話のお姫様たちが何人も出てくる。思い出したのが、『暗黒神話』や『妖怪ハンター』などのマンガで知られる天才・諸星大二郎が童話をアレンジしたらどうなるか、といった趣旨の短編集『グリムのような物語』シリーズだ。

『トゥルーデおばさん』『スノウホワイト』『瓜子姫の夜・シンデレラの朝』と3冊あって、美女と野獣、ラプンツェル、白雪姫など有名作品を諸星大二郎らしい、まがまがしいものを生手でつかんでしまった感触で描く。これら諸星童話集も『Princess~』もそうだけど、ユーモアが大事な要素で、暗くならずあっけらかんと観られるのがよかったのかもしれない。
 
 
『不思議の国のアリス』/ルイス・キャロル/新潮文庫
 
いわずもがなの名作を紹介するのははばかられるが、夢が関連してくる作品に触れると思い出してしまう。『Princess~』でも終盤、夢のシーンが重要になってきて、おっ、と思ったけど意外とあっさりいってしまったので、作ってる側にはそんなに思い入れはないのかもしれない。
 
 
『笑う月』(『笑う月』内に収録)/安部公房/新潮文庫
 
夢がらみでもう1つ。短編集の中の、安部公房が繰り返し見た夢について書いた表題作。そのイメージが鮮烈。直径1メートル半ほどのオレンジ色の満月に追いかけられる夢だ。その月は耳の後ろまで届きそうな唇で笑っている。安部公房は30年にわたってこの夢を見たという。チェシャ猫を思い出す月の姿だし、この短編集には『アリスのカメラ』というアリス論めいた短文も載っている。
 
 
『王妃、小人、土牢』(『三つの小さな王国』内に収録)/スティーヴン・ミルハウザー/白水社
 
3つの中編が収められているミルハウザーの秀作。2本目の『王妃~』は変わった小説で、「土牢」「城」「王妃の物語」「二つの階段」と数行ごとに語られるものが変わっていく。「土牢」はある城の土牢について細かく書かれ、6行後には「城」というタイトルになり今度は城について12行描写される。読んでいくとある王国にまつわる悲劇として読めるのだけど、形式はまるで辞書のようだ。ある王国(物語)の細部が1つずつ辞書のように分かれていて、それらを1つまた1つと読み進めて行くとしだいに全体が浮かびあがってくる、そんな小説だ。まさにこれこそミルハウザーの魔術。

『Princess~』を観て思ったのは、いったいなにが浮かびあがってくるのだろう、ということだった。アリスも安部公房もミルハウザーも、独自の世界を立ちあがらせる。それがどんなに短い文章であろうとも。いっぽう2時間超をついやし『Princess~』はどうだったのか。これは今後の課題だと思う。
 
 
『人魚禁漁区』(『竜のかわいい七つの子』内に収録)/九井諒子/エンターブレイン
 
『Princess~』の鮮烈なイメージとして評価するのはやはり人魚だ。ゴロンと転がる存在感。途中で魚の下半身をやめてしまったのはもったいないけど(動きの制約ゆえだろうが)、記憶に残るビジュアルだった。

人魚の話も数あるけれど、『人魚禁漁区』を紹介したい。『ダンジョン飯』で一躍売れっ子となった九井諒子の初期傑作マンガ集の1本。人魚がわんさかいる港町、人魚の人権を守れ!という人権派(魚権派?)との対立もある。まるでクジラ漁を彷彿とさせる設定だけど、秀逸なのは人魚がかわいい女の子として、無垢な姿で描かれているところだ。

もちろん人魚のイメージからはずれてるわけじゃなから、あたり前の姿かもしれないが、そんな人魚が主人公の高校生の生活のすぐ横に存在している世界観がいい。夏の暑い日、彼は1匹の人魚と出逢い、水を入れた台車に乗せて坂の上の高校まで運ぶこととなる。運んだあとどうなるのか、はたして人魚の目的はなんだったのか……。

『ダンジョン飯』が売れるのはよくわかる(読んでないけど)。九井諒子のビジュアル切り取り力。長い黒髪の人魚はなぜか白いワイシャツを着て、白い日傘を差し、無垢な瞳で汗だくで台車を押す高校生を見つめるのだ。
 
 
2017年8月5日(土)13時00分~15時15分観劇(初日)。コンカリーニョ。

text by 島崎町

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