[観劇雑感]『あっちこっち佐藤さん』を見て思い出した5冊

投稿者:島崎 町

 
イレブンナイン『あっちこっち佐藤さん』を観劇してから5冊に触れるもよし、5冊のどれかを知っていて(興味があって)、劇を観ようと思ってもよし、という企画です。
 
 

『リアル鬼ごっこ』/山田悠介/幻冬舎文庫

登場人物全員が佐藤という名字の『あっちこっち佐藤さん』。まず思い出すのが、全国の佐藤姓を殺せという命令が下った世界で、主人公の佐藤翼が妹を助けるために奮闘する小説『リアル鬼ごっこ』。ところが僕はこの本読んでません……。佐藤さんばかりという舞台なので、やっぱりどうしてもこの小説を思い出したので。
 
 
『火焔太鼓』(『古典落語 志ん生集』内に収録)/古今亭志ん生/ちくま文庫

『佐藤さん』は原作があって、アメリカの喜劇作家レイ・クーニーの『Run for Your Wife』。原作もかなり笑えるらしいが、それにしても『佐藤さん』の笑いの量は尋常じゃない。笑える原作にさらに笑いをたして、とんでもない傑作にしてしまったということで思い出すのは、古今亭志ん生の十八番『火焔太鼓』(かえんだいこ)。

志ん生自身が「クスグリを取り去ると噺がなくなる」と言うほどに大量の笑いを足して、地味で誰もやらなかった噺を落語界有数の人気噺にまでしてしまった(検索すればすぐ聞けますのでぜひ)。
 
 
『マカロニほうれん荘』/鴨川つばめ/秋田文庫

僕は『佐藤さん』を観終わったあと、どっと疲れ、めまいがし、頭が痛くなった。それくらい密度の濃い圧倒的な2時間だった。笑いが尋常じゃなく多いことは前にも書いたが、ホント、ここで一回場を冷ましてから笑いを入れた方がいいのでは? というところでも容赦なく笑いをぶちこみつづけ、引くことは一切しない。

これってなにに似てるんだろう? と思ったとき、古くて申し訳ないが昭和の傑作ギャグマンガ『マカロニほうれん荘』を思い出した。狂気としかいいようのないナンセンスで不条理な笑いの連続で、読むものを疲れさせ頭痛を起こさせる。笑いの種類は違えども『佐藤さん』もその領域に達していた。
 
 
『隣の男の子』(『南から来た男 ホラー短編集2』内に収録)/エレン・エマーソン・ホワイト/岩波少年文庫

『佐藤さん』の主人公・佐藤ヒロシは2人の妻を持つ男だった。どちらの妻にもそのことを隠し、大してウソがうまいわけでもないのにその状態をなんとか言いつくろおうとして、どんどん事態が悪化していく。明らかにバレるであろうウソを、協力者の佐藤タロウとともにつたない力業の語り(騙り)で推し進めていく2時間だった。

僕が思い出した『隣の男の子』もまた語り(騙り)の小説だ。アイスクリーム屋でバイトをしてる女の子・ドロシーは、親友のジルの家で一緒にテレビ番組を観る約束をしているのだけど、閉店間際、昔ちょっとデートしたことのある少年マットがおかしな目でやって来て、金を出せと銃で脅す。ドロシーは助かるために、彼の興味を引きそうな殺人の話を必死に考えしゃべりはじめる……。

親友のジルは出番は少ないが、ドロシーとジルの女の子2人に、マットという男子1人という構図が『佐藤さん』と結びついた。それだけじゃない、最後まで読んでもらえば、僕がなぜこの小説を思い出したのかもわかったもらえるはずだ。
 
 
『向田邦子シナリオ集Ⅱ 阿修羅のごとく』/向田邦子/岩波現代文庫

※これ以降、気をつけて書きますがネタバレっぽくなると思うので、『佐藤さん』を観てない人は読まないでください。

さて『佐藤さん』を観た人、オチはどう思っただろうか。笑いの作品だし、笑えて楽しい気持ちになればいいと思うのだけど、僕はなっとくいかなかった。その不満を埋めるために、僕は心の中で『阿修羅のごとく』や『思い出トランプ』などの向田邦子作品を思い出してしまった。

つまり『佐藤さん』からは妻側の気持ちが伝わらないので、向田作品で描かれる女の心情や揺れ動き(あるいは動じなさ)、さらに勘の良さやそこから生まれる怖さみたいなものを補充して、あの2人にはそういう思いやもろもろの出来事があってラストにいたっていると思いこむことで、僕は『佐藤さん』を無理矢理完成させたのだと思う。

でないと腑に落ちないし、もしかしたら観客は、ラストは考えさせられたねとか、~は怖いね、みたいに言うかもしれないが、僕は全然怖くないし考えさせられもしない。ラストに向田作品の怖さをつけたしてようやく成立するし、バランスがとれるような気がした。(ちなみに『佐藤さん』に出てきた沢田研二好きのおばあちゃんは、向田邦子脚本の『寺内貫太郎一家』からのオマージュ、というかモロそのままなので、5冊目に向田作品を持ってくる意味もあるということで)

以上5冊、観劇のおともに。
 
 
2017年8月12日(土)18時00分~20時00分観劇(初日)。かでる2・7。

text by 島崎町

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