薄氷の詩人: マームとジプシー 藤田貴大作品 札幌公演ほか

藤田氏の演劇は、詩と身体表現の生み出す舞台芸術に、さらに脳に作用する遅延型カプセル薬のような仕込み効果を加えた。(*個人の感想です。効果には個人差があります。)劇中繰り返されるセリフと場面が、頭の中にその情景を定着させ、ボディブロウのように後々効いてくる。観終わる頃、もしかしたら見終わって夜寝る前に、それは登場人物のドラマチックな心の動きの瞬間を、摘まみ取るように描き出す。それは、揺れ動くオーロラが写真におさまるように。それは、揺らぐ水面が薄氷と化するように。

 

言葉が人間から乖離して久しい。人は思ってもいないことも言えるし、適当に人に話を合わせることもできる。嘘をつく。本音を隠す。藤田氏の作品は、なぜだろう、言葉の向こう?底?裏側?にあるその時の感情や気持ちが、もわ〜っと浮かび上がるのだ。そう、徐々に浮かび上がってきて、見終わる頃にはもうその感情でいっぱいになる。カプセルから溶けた薬がじわじわと体内に広がるように。

 
主題と思われる心情は、作品によって揺らぎであったり衝動に至るスイッチであったりする。日本語で巧く表現できないのだが、英語でいう「Threshold(スレッシホウルド)」が一番ピッタリくる。英和辞典にあるいくつかの意味から、近いものを書き出すと、①刺激や変化に対応して反応が出現・移行する境界点 ②それ以上またはそれ以下になって初めて心理学的・生理学的反応をもたらす刺激レベルの分岐点 ③(デジタル回路において)オンとオフが切り替わるレベル(の電圧)、限界値、境界点などが挙げられる。

 
10th Anniversaryで札幌公演に参加した俳優さんたちは、非常によく訓練されていた。テアトル・ド・コンプリシテのようなアンサンブルワークで、身体表現も豊か。特に女優陣の透明感が素敵だった。藤田氏は、あの声のトーンが好きなのだな。

 
以下、作品ごとに短く感想メモ。
『あっこの話』:関西弁で「あっこ」と言えば、「アソコ」という意味深な言葉になるが、女子の名前だった。当然か。赤の他人の日常シーンの繰り返しに、ため息が出るほど退屈した。今思えば、主人公の退屈さそのものだったのか。静かに変化を求め、新しいスタートを切ろうとする若者。「なんか、これじゃいけない気がする」感。あっこの、凡々とした毎日から一歩踏み出す瞬間。本当に大事なことは、言葉にして人に語らない、語れないものだ。

 
『⌃⌃⌃かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと−』:泣けた。亡くなった人、家族、家を失っていく不安と悲しみ。観ながら、津波や地震で家族や家を失った人々のことを重ねていた。喪失感から前を向こうとする瞬間。ところで作品に主人公たちの母親不在であるのが気になった。誰も母を語らない。普通は母が家庭の中心であることが多いのに。

 
『夜、さよなら 夜が明けないまま、朝 Kと真夜中のほとりで』:サスペンスタッチもありながら、この演劇は全体が一編の詩だ。芸術的。ちょっと谷川俊太郎の夜の詩を思い出していた。いなくなったKをめぐる友人や兄の心情。町から人がいなくなる。自分は取り残される。人が人に不器用に繋がろうとする。共通の闇を抱えていながら孤独な人々。ついでにこの作品も母親不在。

 
今回の札幌公演ではないが、ついでながら。
『ロミオとジュリエット』:ロミオとジュリエットが死ぬ場面から始まり、時間軸が戻ってはまた繰り返される。二人を阻む障壁を舞台上を動かされる高い壁で表現。ロミオ役も女性が演じ、その透明な声が、ロミオの最後のセリフを繰り返す。恋慕ー不安ー絶望ー死と超特急で動くロミオとジュリエットの死の間際のセリフ。観ている最中は退屈したが、観終わって、純粋で愚かで凶暴で美しい「若さ」が見えた。あんなにデフォルメされ、抽出されたシーンでありながら、シェークスピアがあらゆるアングルから描いた「若さ」を凝縮して描き出したことに、終わってから気づく。そうくるか。しかし、PieceであってWholeではない。

 

演劇がどこまで来たとかということに私は興味がない。そもそも、演劇とは何かという根源的な問いに答えをもたない。まあ、そんな分析は学者に任せる。一観劇人は、古典であれ、現代劇であれ、悲劇であれ、喜劇であれ、その制作に携わる人々が、観客のために、この一過性の出来事に心血を注ぐ、真摯な情熱を見たい。札幌の演劇人には、藤田氏の如く、志高く、意欲的に挑戦し続けてほしい。

 

『ロミオとジュリエット』2016年12月20日 東京芸術劇場プレイハウスにて観劇。

『あっこの話』2017年8月16日 札幌市教育文化会館リハーサル室にて観劇。

『⌃⌃⌃かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと−』『夜、さよなら 夜が明けないまま、朝 Kと真夜中のほとりで』 2017年8月19日 札幌市教育文化会館特設ステージにて観劇。

text by やすみん

SNSでもご購読できます。