ここにあるホームドラマ。──yhs『忘れたいのに思い出せない』

2011年の初演時、「認知症」や「介護」について取り上げ、今を、そしてこれからを問うた作品として話題になった本作ですが、正直言うと今回僕はこの作品を観劇するという積極的な気持ちがありませんでした。それは、南参さんが実体験をも取り入れながら作ったという初演で、本作を自分なりに「観尽くした」と感じていたからでした。
しかしあえて足を運ぶ気持ちになったのは、南参さんが稽古段階にSNSで「初演では思い入れが強すぎた部分があったが、今回は時間が経って、初演とはまた違ったものが見えてきた」というような主旨の発信をしていたのを目にしたからです。
(いや、それさえ宣伝のための発言だったかも知れないのですが(笑)。ホンを大きく改変したのかな?というような興味もありました。)

会場では隣席に、これまた初演も観ている知人と隣り合わせましたが、その方が終演後に「これ、(初演の時と)脚本がだいぶ違う?」と僕に問われました。ところが、僕の記憶の限りでは脚本自体は初演と(たぶん)ほぼ変わらないものだったと思うのです。しかし、作品の印象は大幅に違うものになっていました。

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祖母センリが寝ているベッドが置かれたその部屋は、彼女にしか見えない、彼女が見ている風景。初演の白い砂利敷きではなく庭の芝生を模した舞台装置に変わっています。初演の白砂利は静謐なイメージは良かったのですが、演者が必要以上に足をとられる場面が多くこちらの集中力を削がれてしまったので今回の方が個人的には好みでした。(単に、白砂利を敷く手間を考え変更になったのかも知れませんが。)

前半は福地さんの独壇場。祖母センリの一挙一動に目が離せず、観客は物語に巻き込まれていきます。ここまでは初演と同様ですが、死んだ夫(祖父)の幻影が登場するあたりからこの作品は文字通り「見にくく」なるのだ、と僕は身構えていました。

しかし、今回の祖父役のエレキさんの無声音のセリフのさじ加減の絶妙さに驚きます。初演時のような聴きにくさは少なく、逆に僕は引き込まれてしまいました。
(これについては、この芝居を予想して僕が最前列で観ていたこと。また、「聴きにくいのでは」と身構えていたことで「思った程聴きにくくはなかった」というプラス評価が生まれたのかも知れません。初見の方や、後列のお客さんとはまた条件が違ったと思います。)

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そしてある出来事を境にセンリの認知症が進む後半は、センリのあの独特な話し方が聴き手(観客)の辛さを加速します。これは今回も同じでしたが、物語自体を観ていることの苦痛は初演ほどではありませんでした。
その大きな理由は、キャスティングの変更(とおそらくは演出)によって、主役陣の比重が初演とは大きく変わっていたこと。そして特に後半の物語の重心としての曽我さんの功績があったと思います。
母親の認知症と娘の妊娠という家庭内の現実が、自身のキャパをあっけなく越えてしまう息子=ガンマ役を長流3平さんが好演。初演のガンマ役エレキさんより適度な小物感があり(ほめてます)、その分、センリの孫娘トオルが引き立ちます。
トオル役の曽我さん。初演でのトオルは、重要な役ながら祖母(センリ)・父親(ガンマ)に舞台上で押されてしまい脇役的なポジションに見えてしまいましたが、曽我さんのトオルはセンリとともに主役でした。結果、物語が広がり、前述したようにホンが変わったかのような印象になっていたのではと思います。櫻井さんのゲンブも、初演以上にキレキレでした。

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作品の前宣伝では「認知症」「妊娠」といったワードがテーマとしてクローズアップされていましたが、「妊娠」は少し過大広告かなとも思わないではありません。
また「認知症」については。初演時には僕も「社会性のあるテーマ」という捉え方をしましたが、それももう6年前のこと。現在では他人事どころではなく、僕にも「介護」は身近なテーマとなって(なり過ぎて)います。そういった意味では、これは社会問題をとりあげた作品というよりは、むしろ今や日常の、リアルタイムのホームドラマなのだという思いが僕は強かったです。
能登さんの笑わせぶりから、舞台の真ん中にある介護ベッドまで、これが今の「現実の」ホームドラマなのではないのかと。

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最後に。福地さんへの評価は多くの方が一致しているところですから多くは述べませんが、ひ孫を抱いて涙を流す千秋楽のセンリを間近で観られたことだけをとっても、この再演を観る価値があったとここに書き留めておきます。

※生活支援型文化施設コンカリーニョにて千秋楽を観劇
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yhs公演『忘れたいのに思い出せない』
2017/7/22(土)~29(土)

3人家族が住むとある一軒家。 老女・センリは膝の具合が悪くなり、ほとんどベッドに寝たきりになってから認知症が進んでいる。その息子であるガンマは少しずつ変わっていく母親のことを直視できず、介護を孫娘のトオルに任せっきりに。そんな折にトオルが妊娠。トオルは介護を続けながらでも、シングルマザーとして生きていくと宣言する。ギクシャクしていく家族。 物語は各人の思いを抱え、認知症とともにゆっくりと進行していく。

[脚本・演出]南参
[出演]福地美乃/長流3平(3ペェ団札幌)/曽我夕子/櫻井保一/柴野嵩大(タペタム)/最上怜香/
《ダブルキャスト》 紀戸ルイ(22、24、26、28日出演)/宮本暁世(23、25、27、29日出演)
小林エレキ/能登英輔
[スタッフ]舞台美術:高村由紀子
舞台監督:石川翔太(アクトコール(株)) 照明:大橋榛名 音響:橋本一生
楽曲制作:川西敦子 演出助手:佐藤杜花 制作:水戸もえみ

公演日:

text by 九十八坊(orb)

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