歴史を知らなくても- 『SCRAP』

少し前の観劇の話。

昨年、北海道内で大正天皇の生きざまを描いた「治天ノ君」を上演した、東京の「劇団チョコレートケーキ」。ひょんなことからつながりができ、主宰の日澤雄介さんとLINEで連絡し合う仲になった。東京に行くことになり、空いている時間を観劇に費やそうと公演を探したら、日澤さんが演出する「SCRAP」にたどり着いた。

1958年の大阪が舞台。大阪城が見下ろす場所にかつて、「大阪砲兵工廠(軍事工場)」があったという。終戦間際に空襲を受けて工廠は廃虚となったが、そこに埋まる鉄くずを掘り起こし、それを売って生活の糧にする「アパッチ族」と呼ばれる朝鮮人集団を描いた作品。東京から来た男が「金を稼ぎたい」とアパッチ族の仲間になり、そのアパッチ族と警察(軍事工場の跡地は国有地)との攻防が描かれる。そんな中、アパッチ族がどうして日本に来たか、そしてそれぞれの選択が示される。

劇場(BLOCHよりずっと狭い)の中央に木のテーブルのようなものが置かれ、鉄パイプで組まれた足場が続いている。それを囲むように客席は3ブロックに分かれ、「最前列の人は役者とぶつかるかもしれない」「煙がつらい人はマスクをどうぞ」などアナウンスされる。何が始まるんだ一体?という気持ちになる(マスクは、ホルモン焼きの煙の防止だった)。

役者が本当に近い。しかも、狭い空間を全速力で駆け抜ける。通路側に座ったせいか、暗転中に真横で息を殺す気配を感じた。野蛮で口が悪いけれど、情に熱いアパッチ族の人たちが目の前にいて、当時、こんな生活が実在したんだなと思わせる。

1959年から始まった「北朝鮮帰国事業」で、祖国に帰るかどうか迷う兄妹、家族が出てくる。今となってはミサイルが飛んで来て朝からスマホが鳴りまくったり、拉致被害者問題が解決しなかったり-などと多くの人が北朝鮮の実情について知っている。でも彼らは帰ってしまう。その後、北朝鮮に帰った男から「幸せです」と書いたはがきが届くが、切手の裏側に小さく「帰ってくるな」と書いてあるのを見つける。この場面が一番ぞわっとした。

シライケイタによる脚本も日澤さんによる演出もかなり硬派。だけど、歴史を知らなくてもその世界に連れて行ってくれるのは、演劇のすごさだなと実感した舞台だった。

7月8日、東京・Space早稲田

text by マサコさん

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