女・哀・言霊:横浜ボートシアター『にごりえ』 

一葉の描く女性は、愛しい。24歳で逝った天才は、多様な立場の女を豊かな想像力で目の前に実在させる。「にごりえ」においても、お力とお初が登場するが、いずれもそれぞれの立場で哀しく、切なく、しかし凜とした品格があって愛しいのだ。お力は、源七が虜になって身上を潰してしまう、魅惑の勺女、今で言うホステス。お初は、源七の妻でありまだ幼い太吉の母。

白粉ぬって胸の谷間なんか見せながらキセルをくわえた粋な女 VS 貧乏暮らしでやつれて老けたかみさん。

好きな男を破滅させた罪の意識で自分を責める女 VS 落ちぶれた亭主の世話をして懸命に内職で家族を支える女。

どちらも身寄りがない。現代のように、離婚します、というのも簡単じゃない。水商売で生きていくか、一人の男にしがみつくか。という構図ではあるが、ああ、そんな単純なもんじゃない女の人生を、見事に浮き彫りにするんですよ、一葉は。

と、ここまで一葉賛美をしたくなるほど、すばらしくその世界を届けてくれたのが、今回の「語り」だ。一葉作品は、ご存知のように、セリフも状況描写もたらたらと続き、ちと読みにくい。語りで聞くべき文章だ。吉岡紗矢さんの語りは、義太夫を習っていたというだけあって、堂々としている。お腹から声が出る発声が、実に力強い。出だしは、語調の強さに違和感をもったのだが、聴いているうちに心地よくなる。言霊がのるのはこんな声。

作品の内容が、ストレートに入ってくる。せりふも直球で胸に響く。特に、お初の嘆きに泣けた。やはり母としての女は強く正しい。だからこそ、お力と源七が哀れに思わるる。

この格調ある芸能、「語り」に添えられるのは、電子ギターのみ。これも「にごりえ」の世界を巧みに盛り上げた。時代、内容的に、三味線が思い浮かぶが、ギターが多様な音色でその雰囲気も漂わせた。

終演後、米寿を迎えたという演出の遠藤啄朗氏にお話を聞く。アメリカの世界文学全集に日本代表で作品が含まれるのは、樋口一葉と川端康成だ、というので、調べてみると確かにその通り。これには、アメリカお得意のマイノリティへのアファーマティブ・アクションもあり、女性であることと、西洋文学の影響を受けず日本独特であるという面から、一葉の作品が選ばれたようだ。しかし英訳の「にごりえ」の要約が、ストーカー・殺人者とその被害者の話、とまとめられていたのにはゲンナリした。う~ん、まあそうとも・・いや・・。理解できているのか、アメリカ人よ。

「にごりえ」を朗読練習中なんです~語りと全然違いますね、とおしゃべりすると、遠藤氏は嬉しそうに、語りの発声について話してくださった。「今の人は“カキクケコ”の発音ができない。どこに息を当てたらいいかわからないんだ。“かきくけこ”になっちゃう」、と高い次元のことをおっしゃった。文字で違いを書き表せない、私の聞き取りも同様に微妙だったから。 

言葉とは、声とは、なんと奥深いものか。 

横浜ボートシアター次回作は、宮沢賢治。横浜市民は必見。 https://www.yokohama-boattheatre.org/

 

2017年9月24日14:00 レッドベリースタジオ

text by やすみん

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