すべて女優、堀 きよ美氏の自前衣装というドレスが吊り下げられた舞台。「女たち」の舞台であることを雄弁に語る。 さて、女中たちが変えたいのは社会より自分の生活。男たちが革命でドンパチやるなら、女はこっそり毒をしこむ・・って。その心理たるや実にスリリングではないかいな。怖い、怖い。
三木美智代氏と堀氏の二人の風蝕ベテラン女優が、女中姉妹、クレールとソランジュを演じる。主人の留守中に奥様ごっこをする二人は、決して「ごっこ」を楽しんでいない。貧富の差をあからさまに肌で感じる女中のふたりに、妬み、退廃、怒りが鬱積している。一人の女性の中の、すれっからし女と奥様にお仕えする女の混在が、実に人間的で巧みな本である。そして、さすがフランス作品、自由への渇望が強い。女中と奥様という設定ではあるが、彼女らの望みは、贅沢な暮らしより綺麗なドレスより、自由であった。自由になる、という言葉のマジックで犯罪へも突き進んでしまう。狂気や閉塞感もさながら、それらの底にある、自由を得んとする人間の信念のような固い渇きが胸に残った。
堀氏と三木氏は、互いに追い詰めあう姉妹の会話を朗々とダイナミックに聞かせた。また、奥様役の高城麻衣子氏も、ベテラン二人に劣らぬ声量と演技で盛り上げた。精鋭三人組みだ。洋装ではあるが、古典的な雰囲気がかえってなまめかしく、寺山の赤襦袢を彷彿とさせる。風蝕異人街らしい。演出のせいか、気のせいか。
さて本番と少し違って、小さなアトリエの稽古場で見た印象、という前提で申すならば、三木氏、堀氏とも、黒のレースを使った女中の衣装がよく似合い、スタイルもよく美しいがゆえ、女中をもっと慎ましい地味で貧しい身なりにしたほうが、貧富の差がよく表現できるかと思った。また、劇中で「ごっこ」とはいえ劇中劇が演じられることもあり、両名とも変幻自在に役柄と「ごっこ」を演じる中、後半垣間見るクレールとソランジュそれぞれの個性、性格の違いを、もっと最初から誇張すると、ドキドキ感が一層増したのではないかとも思う。予習なしに出張帰りに駆けつけたので、勉強不足の部分はご容赦を。
このような名作戯曲を札幌で紹介してくれるのは、貴重でありがたい。これから東京公演とのこと。日頃の鍛錬の成果を発揮して、作品に忠実に清清しく演じてきてほしい。
10月9日17:00 アトリエ阿呆船にてゲネプロ鑑賞
text by やすみん