秀逸なシナリオと深いテーマ トランク機械シアター『ねじまきロボットα~ともだちのこえ~』

日本で一番古い歴史を誇る児童劇場、こぐま座をホームグラウンドとして活動するトランク機械シアターは、現役保育士と舞台役者がタッグを組んで人形劇をつくるという異色の劇団です。主宰で脚本・演出をこなす立川佳吾が2012年に旗揚げしました。TGR札幌劇場祭に初めてエントリーした2014年『ねじまきロボットα~僕が殿様!?』、翌2015年『ねじまきロボットα~ぼくのうまれたひ~』と2年連続して審査員賞を受賞、去年はオーディエンス賞に輝いたつわものです。僕は去年の大賞審査で初めて彼らの人形劇を観たのですが、その温かい世界観と丁寧な脚本、作品つくりの真摯さに感動しました。人形劇は子ども向けのものという既成概念を見事に打ち砕かれたのでした。

今年の『ねじまきロボットα~ともだちのこえ~』は、大人の言葉でリフレーズすると、現代社会に満ちている他者への不寛容さとコミュニティの分断を、人形という姿を借りて、人形に語らせる台詞を通して見事に描き切って魅せました。特筆すべきは、この脚本のクオリティです。わずか50分の劇中には、パステル族へのいわれなき偏見と差別、言葉狩りによる投獄、どこかの国の総理大臣を彷彿させるスーツ大臣という権力者による密告の推奨など、実社会顔負けの複層的な主題がいくつも織り込まれています。αは、言葉が通じなくてもパステル族の話していることが理解でき、ともだちになれます。人間社会もかくあるべきでしょう。劇の後半で、「偉い人の言うことは絶対なのです。黙って従っていればいいんです」とうそぶいていた絶対権力者のスーツ大臣は、実は小さい存在で影の力を使って自分を誇張して威張って、支配しようとしていたことが分かります。去年の作品でもそうでしたが、善と悪という単純な物語のつくり方をしないことが、トランク機械シアターの真骨頂です。矮小で弱々しい姿となったスーツ大臣は、退治されるのではなく、αのいる世界ではない何処へと去っていくのです。αは哀しそうに言うのです。「ともだちになれなかった」と。とても深いところまでテーマが彫り込まれていることに驚きました。どんなことがあったとしても、他者とつながれることの、他者を理解できることへの希望が、世間の垢にすっかり染まった僕の心の深いところを温かく触ってくれました。これだけの多くの、しかも複雑な感情の起伏を子どもたちは感じることができるのだろうか、と余計な詮索はやめましょう。この世界を少しでも良くしてくれるのは、結局のところ僕たちではなく、好奇心たっぷりにαたちの冒険を純粋に楽しめる子どもたちなのですから。

こぐま座の前でαを手に呼び込みをしたり(立川自身がしていました)、開演前の子どもたちの温め方も巧みです。こういう大人になりたいな、ととてもまぶしく、そしてうらやましく感じました。αたち人形(デザイン:チュウゲン、製作:中川有子)の造形も美しかったです。歴史あるこぐま座で、トランク機械シアターのような優れた人形劇が定期的に上演されているという、札幌の子どもたちを取り巻く文化の豊かさが、これから先も守られ、高められていくことを、かつて子どもであったいささか年を取りすぎた大人として強く願いたいと思います。観劇後、中島公園駅へ小走りに向かう小さな傘を打つ強い雨の音を聞きながら、僕はなぜか村上春樹の有名なエルサレム賞授賞式でのスピーチを思い出していました。

11/1(水) 19:30 札幌市こども人形劇場こぐま座

text by しのぴー

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