面白くもあり、イマイチ感もあり イレブンナイン ミャゴラ 『やんなるくらい自己嫌悪』

原作は納谷真大さん、演出は明逸人さん。ELEVEN NINES本体ではなくミャゴラという、若手中心のお芝居だった。ちなみにミャゴラはイタリア語の猫の鳴き声を意味する言葉から取ったらしい。

物語はスーツケースを抱えた修二(梅原たくと)が「死に行く者たちの聖地」と呼ばれる森に入り込んで、記憶喪失の女の子アキラ(宮田桃伽)に会うところからスタートする。その後、ある男の妻ユウコ(後藤七瀬)と妊娠した愛人ヤヨイ(城田笑美)が入り込む。そして最後はチンピラの兄貴エイジ(ヴィンセント藤田)と弟分ノリオ(大作開)。死にたい者、死にたくない者が迷い込んだ森には、バイセクシャルのコールガール(菊地颯平)、万屋(よろずや)を営む老婆(坂口紅羽)とそのアシスタント(工藤沙貴)、はたまた「エブリシング質草にしてみせる」と豪語する質屋(澤田未来)が住んでいた。

悩みも動機も異なる3組は、それぞれに森の住人たちと遭遇し、それぞれに騒動が起こる。やがてバラバラだった物語が収斂していく。

まずは昨年ELEVEN NINESに入った若手を中心にしてキャスティングしたと明さんが紹介していたので、どうなるかなと不安と心配があったが、いずれ劣らぬ熱演で、しかも大声でも声が割れず、とても好感が持てた。さらに、舞台装置も深い森をイメージした作りであったし、幕間に入る雷鳴なども効果的だった。とくに、重要な役割を演じるピストルの使い方は実に凝っていた。

物語の作りが森の住人を介して3組別々に進行する形式で、しかも時間軸が前後するので、ともすると散漫になってしまう恐れもあったが、うまい具合にまとめていたと思う。
始まる前に「決して重い話ではなく、笑える場面も準備しています。」と明さんが説明していた。たしかに笑える場面もあった。とくにノリオとエイジの場面は笑いをとる場面で、お芝居全体を暗い雰囲気にしない効果があったと思う。二人の演技も素晴らしかった。
修二とアキラ、ノリオとエイジ場面は、役者さんの熱演もあり(4人ともホントにうまかった)、『どうなっていくのだろう』と興味を惹きつけられた。
ところで修二とアキラは「青春アミーゴの世界」だし、ユウコとヤヨイは「演歌の世界」。はて、ノリオとエイジは?

しかし、ユウコとヤヨイの場面だけは感情移入できなかった。夫から妻(ユウコ)あてに「死に行く者たちの聖地」で死ぬことが告げられてユウコは森に来るのであるが、メールは妊娠した愛人ヤヨイが夫になりすましたことが明かされ、しかもお腹の中の子どもは別の男の子どもであったと明かされる。話としては分からないでもないが、子どもが別の男の子どもであったというオチは、どうにもいただけない。それでもユウコはヤヨイとうまくやっていくというのもどうかなと思った。また、ユウコとヤヨイの場面が長すぎて途中で記憶が飛んでしまった。
役者さんが熱演しているだけに大声になりがちで、観ている方からすると疲れてしまう(飽きてしまう)場面が散見されたことがやや残念だった。

さらにいえば、万屋は実はやくざの大親分の妻で、事情は不明ながらこの森に入り、死に場所を探して森に入った人びとのリクエストにこたえる商売をしていたのであったが、ラストの場面のひとつ手前で、失った記憶を蘇らせ静かに息を引き取る。だが死なせる必要があったのだろうか。万屋が大親分の妻であることを思い出したノリオは平身低頭することになる。大親分の妻とノリオの関係を明らかにするのは物語展開上必要であると思うが、だからといって死なせる必要はないような気がした。もうこれは、化けものとして永遠に生き続けるという設定の方が面白いのではないだろうか。

このお芝居は11月9日から始まって12日が千秋楽だった。
サンピアザ劇場はほぼ満席の観客で埋まった。さすがELEVEN NINESである。 加えて、ギャルソンモンケに続くミャゴラの上演。ELEVEN NINESは「分派活動」が盛んのようだ。今後もサンピアザ劇場でのお芝居が期待できそうで嬉しい限り。

上演時間:1時間50分。

 
 
11月12日14時 サンピアザ劇場

投稿者:熊喰人

text by ゲスト投稿

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