RPGの作り方? 札幌ハムプロジェクト『象に釘』

久しぶりにシアターZOOで観劇した。
会場に入るなりバグパイプ曲。馴染みがあるバグパイプの音色に『もしや、舞台はスコットランド?』と思ったが、舞台はスコットランドではなく日本の屋根裏部屋だった。

屋根裏部屋に住みつく、白い衣裳を身にまとった男女。
紀元前330年代のペルシアで戦象(せんぞう)が使われた(年号も場所も記憶が不確か)。敵は豚に火をつけて放ち、象を蹴散らす作戦をとった。象が暴れ回って味方に被害が及ぶのを防ぐために、戦象の急所には釘が取り付けられた。暴れ回ったら釘を刺して象を殺すためであった。
舞台はこの話がモチーフになって進行する。

最初の場面で思い浮かべたのはイヨネスコ『授業』である。そんな雰囲気の中でお芝居は進む。

「象」となった男(すがの公)は、女(大橋千絵)に向かって、「釘で刺して殺してくれ」と懇願する。それに対して「なぜ?」「どうして?」「ここはどこ?」と質問攻めにする女。しかも男も女も記憶が失われていて、自分の名前さえも思い出せない。
男の衣裳には青い血糊が付着している。それに気付いた女は、手元にある数百ページはあろうかという書物を読んで、それがカブトガニの血であることを男に伝える。しかしそれがカブトガニの血であることを証明できるものはない。これに続いて納豆も発酵といっているが実は腐敗菌が反応していることを人間は発酵といっているに過ぎないと解釈する。そんなやりとりが続いた後、女が「殺される!」と叫ぶと、「ルール違反」になって男(象)は釘を女に突き刺す。
ここで暗転。そして今度は、女が象になり、同じ会話が繰り返される。

いってみれば、すごろく、あるいはRPGと一緒だ。スタート地点に戻りもう一度最初からやり直す。折に触れて参考にする書物は、ちょうどルールブックのようだ(しかしルールだけが書いてあるのではない)。

話が大きく動くのは後半。
女は突然、書物も釘も、釘を打ち付ける木槌も階下に広がる火の海へ投げ捨てる。すべてを失うことを恐れた男は女を叱りつけるが時すでに遅し。

しかしその後、二人の間には子供が生まれ、夫婦生活の場面になる。
「牛でも飼って仕事をして」という妻に従い、夫は3頭の牛を手に入れる。だがその中に象が1頭いる。象を草原に放して男が手に入れたものは、釘と木槌だった…。

「象」と人間の会話の場面は無限ループ。立場が入れ替わるまでの会話のひとつながりはRPG。話の筋は不条理。
すがの公も大橋千絵もいい味を醸し出していて、会話それ自体は安定感があった。うまいの一言。舞台装置も凝っていたし、照明の使い方も良かった。
ただ、話の筋が見えにくく、途中、話が長すぎて睡魔に襲われるところもあった(疲れていたこともあるが)。

もしこれを不条理劇と位置付けるならば、そして『授業』と対比できるのであれば(不条理劇は『授業』しか見ていないのだが)、決定的違いは役割設定である。『授業』では、個人授業を行う教授とメイド、そして生徒という役割が明確である。国がどこであれ、そんなシチュエーションは誰にでも分かりやすい。一方、『象と釘』では、屋根裏部屋に住む男女ということしか分からない。男も女も自分に関する記憶がない。つまり観ている側からすれば捉えどころがない設定で話が進んでしまうのだ。

『このお芝居は何だったのか』と振り返りつつ帰路を急いだが、やがてジワジワと面白さがにじみ出てきたことも事実である。先にも書いたが、ストーリーを進めながら「ルール違反」になると立場が入れ替わってスタート地点に戻る。まさにRPG。しかも大団円は物語全体をスタート地点に戻すダイナミックなループ構造。
プロットが面白いだけに、その構成要素(入れ替わるまでの会話)が冗長気味だったことも残念だった。
 
 
上演時間:1時間23分。
2017年11月24日19時30分 シアターZOO

投稿者:熊喰人

text by ゲスト投稿

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