演劇の社会的ニーズを作る 〜状況のプロデュース〜 寄稿者:中島諒人

日本の演劇の世界で、「制作」というポジションの仕事は、広報、会計やチケットの管理、スタッフ手配、公演における観客まわりの運営などということになるだろう。それを名刺などで英語名にするとき、producerとすることも多いはずだ。最近の音楽の世界はまた特別で、音楽づくりの味付けというかディレクションをする人の振る舞いをプロデュースと呼んだりする。小室哲哉プロデュースの安室奈美恵、みたいな感じである。

アメリカなどの映画でのプロデューサーの仕事は、作品を選定し、資金を調達し、ふさわしい監督や主な俳優の決定など、作品の大枠づくりという感じだろう。作品の外形的に重要な柱を具体化するポジションということになる。私などは、プロデューサーというと、このイメージがあるから、制作をプロデュースと言い換えることには、多少違和感があるし、音楽の世界は別世界の話だ。

 
私は鳥取で活動している。人口最少県鳥取で、使われなくなった学校施設を劇場に変え、作品の製作・発表をやり、それだけでなく国際演劇祭の毎年開催、学校での演劇ワークショップ実施、障がいのある人との演劇作品づくりなどを行なっている。通年での活動で、現在私も含めて16名がフルタイムで仕事をしている。16人が演劇の専門家として、この仕事で生計を立てている。プロと名乗ることも多いが、商業的なにおいがしていやなので、専門家のほうがフィットするように思う。

2006年からの活動の中で考えてきたのは、作品を作ることと合わせて、状況をプロデュースするということだ。演劇人は、作品のプロデュースは、放っておいてもやってしまう。やりたいことなのだから、作品は作る。見て欲しいのだから宣伝はする。生きていかねばならないから、なんとか資金も作る。この作品プロデュースが、自然に拡大し、観客も増え、資金の循環量も増えていけば問題はない。その規模に応じて、身につけるべきスキルや確保すべき人材は変化するだろうが、作品と周囲との関係が、幸福に拡大する状況があれば、作品のプロデュースということで食っていける。

が、そうでない場合も多い。いい作品があってもそんなにお客が増えない場合もある。いい劇場があっても、そこに来てくれる人が限られてしまうときもある。「じゃあ、人がたくさん来てくれる場所で上演すればいいじゃないか」、「劇場は大都市にあればいいじゃないか」という意見もある。しかし、大都市であればうまくいくというわけではないことは、いろんな事例が示している。「それじゃあつまりは、演劇も劇場も、世の中では必要ないってことなんじゃないの?」という意見はとても説得力がある。市場の論理でいけば確かにそうだ。「でも本当にそうなのか」、と立ち止まるのが演劇人だ。世の中の人があまり関心を示さないが、実はとても治癒力のある薬があって、残念ながらあまり売れないのだが、なんとかその力を多くの人に知ってもらって、その薬が役に立つことを世に示したい。

演劇を必要と感じない人に、必要だと感じてもらえるような仕掛けというか取り組みが要る。それが状況のプロデュースだ。マーケットがない場所で、存在しないニーズを作り出し、それを少しずつ大きく育てながら、資金と人の動き、支える枠組みを作っていく仕事だ。存在しないニーズと書いたが、 脅迫観念的欲望や非充足感を煽るというような高度資本主義社会的マーケティング手法のことではない。圧倒的に消費中心の現代社会生活の中で、人間が忘れてしまいかけている生きる歓びのようなもの、あるいは経済性優先で作られた社会が崩壊し、共に支え合う社会が求められるとき、そこで必要とされる価値観や考え方、そういったより根元的で未来志向のニーズを発見するというのが正確な言い方だ。

 
今回沖縄での会合で、平田修二さんの活動の歴史を聞いて、平田さんの活動は札幌の状況のプロデュースだと感じた。そして、大先輩に対してたいへん僭越ながら私の鳥取での仕事と、時代のタイミングや地域の違いなど、具体的には多くの相違点がありながらも、非常に近しいものを感じた。近しさというのは、演劇への信頼であり、演劇によって社会を変えてみたいという野心、いや、演劇を社会に放り込んで、その動き回る様を見てみたいという好奇心だろうか。その好奇心は、演劇が生むものを、資金や組織として定着させ、循環、定着、拡大させようという決意や意地と一体のものだ。

平田さんの実践の中で、一番興味を惹かれたのは、「民間でパブリックな複数の中核的演劇創造団体の育成」というコンセプト。「民間」と「パブリック」を並べたところがまず本質的だ。一見それは、矛盾しているように思える。しかし、芸術活動がパブリック=公共性があるということは、表現主体、表現するものの立場が明確であることから始まる。誰がどんな立場で、発言しているのか、どんな立場で作品や団体の選択をしているのか、その点から開かれた議論が始まる。行政的な匿名性の中では、芸術活動の公共性は絶対に生まれない。
ほぼ脱線だが、公立劇場を公共劇場と無造作に呼ぶことに、私は違和感を強く覚える。「公共」とは容易なことではない。誰でも申し込めるという利用の平等性だけで、公共と呼べるのなら苦労はしない。公衆便所や公衆浴場は、誰でも使えるということがその「公衆」性の根拠だが、従来の貸館中心の劇場は、「公衆劇場」ということになるのか。ともかく、芸術活動においては、その責任者、主体者が明確に見えることが、公共性の担保のために不可欠で、そのために公立劇場にも「芸術監督」職の設置が求められ、たくさんの「芸術監督」が存在するが、その役割が本質的に果たされているケースは極めて少ない。

 
もう一つおもしろいのは、「複数の中核的演劇創造団体の育成」というところだ。実作者である私などは思いつかないアイデアだ。ここはおそらく議論が分かれるポイントだ。構想の背景はわかる。一つの団体だけを育成するのでは、そこに安住してしまって、作品づくりにおける練磨が行われなくなるのではないかという危惧だろう。「パブリック」と標榜しつつ、特定の芸術傾向にまとまってしまうことへの不安もあるだろうか。私は全く札幌の演劇シーンがわかっていないが、想定されていたのは、こんなシナリオだろうか。

札幌の演劇シーンに小党乱立のような状況があり、「複数の中核的演劇創造団体の育成」というコンセプトのもと、プロ化を志向する集団とそうでない集団の分化が進み、プロ化を志向する劇団が、いくつかに大同団結して、数個のプロ劇団にまとまる。

あるいは、「中核的創造団体」という言葉から想像すると、

小党乱立状況は変わらないが、いくつかの劇団が劇団のまままとまって、プロジェクト集団のようなものを作って、年に一回程度充実した公演を行い、暫定的なその状況の積み重ねを踏まえながら、小劇団分立状況から強い幾つかのプロ劇団に数年のうちに収斂していく。

ということだろうか。実際に事態がどのように進んだのかはわからない。

少し気になったことをとりあえず二つ。
ここで前提とされているのは、1、働きながら演劇をやり、手出しで公演をやる状態。2、働きながら演劇をやっているが、お客さんが来ることで、手出しがなくなり、場合によっては、少し報酬も出る状態。3、ほかの仕事をやめて演劇だけで食う状態。という3段階が、一定数の実践者において、スムーズに1、2、3と移行するという想定だろうか。実感としては、1から2は、表現者皆が、もしそうなるものなら喜んで受け入れる。が、2から3への移行には、飛躍が要る。崖から飛び降りるような決意が必要。地域の中で演劇人が専門家として、プロとして生きるというロールモデルが存在しないことも大きい(タレントというロールモデルは存在するのだが、演劇人というロールモデルは少ない。私は静岡県舞台芸術センターでそれを学んだ)。

もう一つ興味があるというか気になるのは、実践者が、状況を上から操作されているというネガティブな感情を持たなかったか。「俺はやりたいことをやっているだけで、他人から指図されたくないんだ」というのは、よく聞く言葉。それは他者からの評価に耐えられないという不安と現実的な実力不足への内心の自覚を前提に、その裏返しから生まれる屈折した攻撃性であることが大半で、理屈で考えれば建設的なアイデアも、そういう心情的かつ現実的な実力不足により阻害されることが多い。表現はすべての人に開かれたものだが、そのオープンさに耐える表現を作ることは、極めて困難な行為であり、誰にでも開かれたものではない。仕組みの入り口がオープンであることと、出口に至るまでの過程が峻厳なものであることは、当然のギャップで、誰にでもおすすめできるものではない。

例えば鳥取県内に鳥の劇場のような劇団/劇場がもう一つあったらどうだろう。作品作りでの切磋琢磨はいいことだ。ただ、例えば学校でのワークショップなど社会的事業の実施は、共同の窓口を持って行わないと不具合が生まれるだろう。二つのプロが一定の地域の中にあると、小さいパイの食い合いになってしまい、非生産的な部分も少なくなく生まれるかもしれない。

 
「社会的共通資本」という考えを提示した高名な経済学者、宇沢弘文氏(故人)は鳥取の出身。「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」が「社会的共通資本」。我々はそういうものとして、劇場を社会に置かなければならない。そのためには、具体的な専門性の提示が必要だ。場所、制度、人材がつながって、本当に高いレベルで作品を作り、演劇にしかできないさまざまな形で社会を揺さぶらなければならない。病院や美術館、図書館、学校などとの比較の中で、「創造」の専門性や意義により、多くの納税者を納得させなければならない。現在の社会的停滞は、我々にとってチャンスのはずだ。レベルの高い仕事、正当な対価の獲得、両方を目指したい。日本における公共劇場のあり方の模索は、好景気を背景に1990年代から、行政主導で始まった。約30年が過ぎ、一つの流れが終わり、次世代の枠組みが求められている。地域に根ざした民間の出番だ。

札幌の状況のプロデューサーである平田さんと、初めてお会いし、初めてにも関わらず、じっくりお話しを聞かせていただくことができたのは、とても実り多いことだった。両市の人口は、鳥取市19万3千人、札幌市195万2千人。みごとに十倍。全く環境が違う。でも劇場のいいところは、地域に合わせた存在の仕方を探せること。これを契機に、札幌の演劇シーンとのつながりを深めていけたらと思っている。
ぜひよろしくお願いします。

寄稿者:中島諒人
演出家/鳥の劇場芸術監督

text by ゲスト投稿

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