札幌で演劇を観ていると、「何だか嘘っぽいな」と感じる作品によく出合う。何がそう思わせるのかと考えると、物語の筋や俳優の一生懸命さ以上に、役者の「演じています」という演技が原因になっていることが多い。一人の観客として演技がうまいかどうかを簡単に、かつ勝手に判断してしまうが、「普通にその役を演じる」ということは想像以上に難しいのだろう。東京の「劇団チョコレートケーキ(以下、チョコレートケーキ)」の主宰で演出の日澤雄介は、2016年、士別市の「あさひサンライズホール」で、市民らが参加する舞台「体験版 芝居で遊びましょ♪Vol.13」で演出を手がけた。近年、演劇の賞レースにも名を連ね、受賞もしている日澤だが、その演出法は「嘘をつかないことが大切」という。
日澤雄介氏
日澤:あさひサンライズホールの時は、(館長の)漢(幸雄)さんに「手心を加えないで」と言われていたこともあったので、いつもと同じ演出方法をとりました。上演作品の『裸電球に一番近い夏』(脚本はチョコレートケーキの古川健)についても、演技についても、とにかく一人一人と向き合いました。普段の会話と劇中での会話って、同じ会話なのに何だか違って聞こえることが多いですよね。演技経験の浅い人が発するせりふであれば尚更、違和感が生まれてしまう。それって、劇中で話す人(演じる人)が「自分はそうは思っていないけれど、せりふだから、演技だから言っている」ということなんです。だから、僕の場合はせりふ一つでも、どうやったら役者がせりふについて納得して発することができるのか、それをどうやったら僕と共有できるのかをとことん話し合います。言葉って実際はコミュニケーションの道具でしかない。でも、生身の人間が発すると、「わかってほしい。知ってほしい。こういうことをしてほしい」という思いがのることで、生まれる感情がある。そんな「言葉」という道具をどれだけ相手に伝えたいか-という思いや姿勢が大切だと考えています。例えばこれが、戸田恵子さんや大和田獏さんら、プロが相手でも変わりません。
日澤が演出した最新作は、戦時下で慰問活動を行った故淡谷のり子の自伝や記録を基にし、戸田恵子が主演する『Sing a song』(脚本・古川。現在、全国公演中)だ。「化粧やドレスは贅沢ではなく歌手にとっての戦闘服」という強い信念を持ち、ドレスに身を包んで戦地に出向き、兵士たちの心を慰めながら歌う-という淡谷の魂が乗り移ったかのような戸田の演技に目を見張る。
『Sing a song』
日澤:戸田さんがね、素晴らしいんですよ。ずっと出っぱなしだし、歌うし怒るし叫ぶわで体力的にも大変なんですけど。僕、稽古を始める時、実は淡谷さんをよく存じ上げていなかったんです。淡谷さんを重ねた役を演じる戸田さんが、率先して過去の資料を調べたり聞いたりして、淡谷さんの言動や信念についていろんな情報を持ってきてくれました。僕はそれをなるほどなるほどと聞いて、「そういう人だったのか」と初めて知った。本当に申し訳ないんですけどね。
一方で、古川くんの戯曲はいつも変わらず骨太でしっかりしている。その本の上で戸田さんを含む出演者が、どんな風に「役を生きるか」を注視しました。例えば、現在と戦時中の人間の感覚って、ズレはあまりなくて、面白いことには笑うし、嫌なことには反発する。そこは現代劇であれば変わらないでしょう。だけど、「戦時中」という時代性が加わると、突然、言葉が持つ強さや国の見方が変わってくる。匿名性ということも含めて自由に自分の意見を言える現代において安倍首相を批判するのと、情報や思想までもが統制された戦時中に国や国を動かす人々を批判するのとでは、ちょっと意味が違う気がして。そういう点には気を遣ったけれど、人を描くという部分では基盤にあるものは変わりませんでした。何よりも、「こんなにステキな戸田さんが舞台上で生き生きとするにはどうしたらいいか」を考えていましたね。
2016年に道内3カ所を巡演した、大正天皇の知られざる生きざまをテーマにした『治天ノ君』や、ヒトラーを主人公に据えた『熱狂』(2017年、東京で上演)など、チョコレートケーキは史実を基にした作品が多く、高い評価を得ている。
『治天ノ君』
日澤:実在した人物を演じるのは、俳優にはかなりのプレッシャーだと思うんですよ。ビッグネームであればあるほどね。でも、俳優にはその人のマネをしてもらおうとは全く思っていない。実際、僕はヒトラーのことは教科書に載っている知識か、それ以下かもしれない。その分、実在した人物やその時代を脚本から立ち上げることに恐怖を感じないのかもしれないですね。
『Sing a song』の話に戻ると、僕は淡谷さんよりも戸田さんに興味があって、舞台でその戸田さんをどうやってお客さんに届けるかにも興味があった。信じるものは目の前にいる役者で、あとはお客さんにどう捉えてもらうか。そこにいたるまで、役者と僕の対話は続く。あとは「僕らがこの作品を作りました」、という責任と覚悟を持つだけです。これにプレッシャーを感じることはあるかな。
『熱狂』
2017年は6公演で7演目を演出し、今年も劇団公演を含めて5作品を予定している日澤。劇団外にも脚本を書いている古川同様、多忙な1年になりそうだ。
日澤:今が頑張り時と言えば頑張り時。古川くんが多方面で高い評価を受けている分、僕も今走って、ある程度存在感を出していかないと、という焦りがあります。去年は音楽劇『リトル・ヴォイス』(主演・大原櫻子)も演出しましたが、コメディーなどいろいろなジャンルをやりたいです。古川くんが持ってくる硬派な歴史物は、僕の大好物なんだけど。あとね、また北海道に行きたいですね。士別ではホワイトアウトも大雪も体験した。飲んでばかりで、楽しい思い出しかないんですよ。
「劇団チョコレートケーキ」主宰。1976年、東京生まれ。
●劇団チョコレートケーキ
2000年、駒澤大学OBを中心として結成。劇団名の由来は「チョコレートケーキ嫌いな人っていないよね」というピュアな心意気。
劇団ホームーページ http://www.geki-choco.com/
古川が脚本を手がけ、日澤が演出する舞台、On7(オンナナ)『その頬、熱線に焼かれ』は今年8月、札幌えんかんの主催で札幌・かでるホールで上演予定。
text by マサコさん