以下、公開し忘れていた感想です。
詰め将棋しかできないが、将棋が好きだ。「電王戦」は大好きだ。ついでに豊島将之(きゅん)八段のファンでもある。こんな私にとって、『電王』は、残念ながら期待したほどの面白さではなかった。「人間とコンピューターが将棋で戦う電王戦ってこういうものなんです」という部分を重視し過ぎたのか、飽きさせずに物語は進むのだけど、物語に存在するであろうドラマが見えなかったからだ。
将棋では、コンピューターは人間に勝てない-と誰もが信じる中、人間が負ける。インターネット中継される対局に、「打倒コンピューター」と意気込む棋士たちが挑戦し、勝つ者、負ける者、それぞれの戦いが描かれる-と、あらすじはこんな感じ。
開演前に脚本・演出の井上悠介(きっとろんどん。以下、井上くん)の「ごあいさつ」と相関図を読み、挑んだ。当初、元奨励会員の篠田が主役なのかなと思ったが、そんな感じではない。では彼はストーリーテラーなのか?と観ていても、そうでもなさそう。じゃあ群像劇なのか?と思ったが、それにしては一人ひとりの物語が薄い…。誰かに焦点を置いて観ようとすると、ぺらっと話が終わり、物語の筋が見えては消えるの繰り返しのような感覚があった。だから、コンピューターに挑む棋士ではなく「電王戦ってこういうもの」という説明が際立って見えたのかもしれない。
私の視点では、「篠田がうまく立ち回れなかった」のが問題だったように思う。特に、指原に「俺はプロだけど、お前はそうじゃない」的なことをしつこいくらい言われても、篠田は言い返すことなく笑っている。将棋に全てを懸けていた人の執念って、そんなものなんですかね? 将棋に限らず、一つのことに打ち込み続けてその道しか知らない者にとって「それ」を失った心情はヘラヘラ笑っていられるものではないと思うし、将棋愛があればこそ描けた物語もあったのではないか。例えにはならないかもしれないが、将棋ファンすぎて、ドラマで棋士役まで演じてしまった貴志祐介という作家がいる。作品の一つに将棋を題材にした『ダークゾーン』がある。夢をたたれた元奨励会員の男が、プロ棋士になった男と壮絶な戦いを繰り広げる内容だが、その執念たるや。自分の周囲にいる人間を化け物のような「駒」に変え、異空間で将棋のようなルールで戦う。ネタを明かせば「なーんだ」というオチなのだが、貴志さんの将棋への愛にあふれている作品だ。
話を戻す。本作では、実際の電王戦で起きたことがそれぞれの戦いのネタにもなっている(コンピューターは序盤に弱いとか、持将棋とか、バグを見つけて勝つとか)。ただ、電王戦を見ていない人にとっては「これは作り話?本当にあった話?」と迷ったところだろう。井上くんは物語をテンポ良く展開できる人だと思う。だから、この作品では、「説明して見せる場面」と「物語として見せる場面」とを明確に分けることが必要で、そこから将棋の知識の有無も関係なく、「この舞台、面白い」と思わせることにつながったのではないか-と妄想する。
個人的には「アウチ」「ミツルギ」という役名から、「あっ、この人は『逆転裁判』のファンなんだ」と勝手に思い、一人、嬉しくなっていたことは記しておきたい。
2月、札幌・BLOCH
text by マサコさん