軽妙に紡がれていく会話は、穏やかに流れる川のようでもある。が、秘かに水面下で渦巻いていた思惑に気付かされた瞬間、物語そのものではなく観客の心の中に大きな変化が起きる-。これが横山拓也がつくる作品に抱いている印象だ。これまで私が観たのは、女性3人の対話劇『人の気も知らないで』をDVDと札幌の役者による上演で。そして年の離れた姉妹を中心に後悔とこれからを描いた『流れんな』だ。『流れんな』は少し違うが、横山は一つの場所で一つの時間を切り取る作品を得意とし、再演、再々演と繰り返すことでそれぞれの作品を熟成させてきた。今回、札幌公演が行われる『粛々と運針』の初演は2017年。一足早くDVDで観たのだが、これまでと同様に言葉の川に気持ち良く流されていくものだと思ったら、何だか様子が違うのだ。横山は本作について「新しいことをやるチャンスだった」と話す。iakuを初めて観る人は対話劇の面白さを、複数回観ている人にはこれまでとの違いをも楽しめる作品だ。
横山拓也氏
本作が生まれたきっかけは、2014年に初演し、16年に再演した『車窓から、世界の』だ。
-駅のホームで足留めされた人々を約1時間にわたって描いた作品なんですけど、アンケートに「設定に無理がある」と指摘がありました。その頃、一つの時間と場所を切り取った作品をつくり再演を続けてきた中で、いつしか「それに縛られるのは演劇的にどうなのか」と思うようになったんですね。そんな中、公演内容が決まる前にハコ(劇場の確保)が決まってしまって。そこが小さなギャラリーだったんです。「これくらいの大きさなら、失敗しても大丈夫なんじゃない?」という気持ちで書いたのが『粛々と運針』です。
『粛々と運針』
本作では、母の尊厳死宣言に惑う兄弟、妊娠したかもしれないことをなかなか言い出せない妻とその夫、ずっと布を縫い続けている女性2人が登場し、関西弁と標準語の対話が続く。作品を大きく分けると、前半ではそれぞれの現状や思いが語られ、後半では違う場所、時間軸にいる6人が一緒に話しているような感覚に陥る。
-3つの場面がただ並べられるのは普通だなと。濃密な対話劇で引っ張るのであれば、突然、発した言葉が時間も場所も違う人に向けられたら、議論が深まるんじゃないかなと思いました。誰かの思いを代弁していたり、批判したり、素性も何もかもわからない人同士が話しているんだけど、それをきっかけに思っていなかった方向に進んで行く。これまでiakuを観てくれた人にとって新しいと思ってもらえる部分だと思います。それと、僕の作品にはほとんど暗転や場転がないんですけど、布を縫い続けている結と糸の2人が場転の役割も担っています。
本作のテーマの一つは「家族」。物語には横山自身の実体験を加え、周囲の人々から聞き取った体験や思いもエッセンスとして取り入れたという。登場人物6人に向けた横山のまなざしは優しく、しかしながらチクリと胸に刺さる。
-僕にも弟がいるんですけど、知らないうちに僕のことを「兄貴」と呼んでいたんです。しかも、僕の前では言わずに母親との会話の中で言ってるんです。同じく作品に出てくる兄と弟の間で、母親の呼称について「いつからオフクロって呼んでいるのか」という話題が出ます。さらに、既に夫を失っている母親には「大事な存在」という男性がいて、年をとった母も一人の女なんだと兄弟は気が付く-という設定です。そんな風に、人の家族の中での「役割」と、その人自身の「人生」を客観的に見つめるのも演劇的に面白いなと思いました。
一方で、夫婦については、意識的にフォーカスしたわけではないけれど、「呪縛」のようなものも描いています。例えば、「しばらく子どもはつくらない」と話し合っていた妻は、自分が妊娠したかもしれないことを夫に言い出せない。打ち明けても、これからのことを考えるとなんだかもやもやしてしまう。夫はそのもやもやが理解できない-。意図しなかった妊娠に限らず、仲の良い夫婦であっても夫婦間の葛藤は起こりえると思うんです。それをすっきり解決することも、難しいと思いますが。だけど、本作についてアンケートやお客さんから直接、「私、僕のことが描かれていると思った」と言われたり、コメントをいただりしています。嬉しかったですね、新しいチャレンジでも観客に届いているんだなぁと。
結と糸の存在は観てからのお楽しみ、としておきたい。
さて、本作は5月16~28日に「iaku演劇作品集」のうちの一つとして東京のこまばアゴラ劇場で上演され、連日満席の人気だった。同時期に、劇団俳優座に書き下ろした『首のないカマキリ』も上演され、チケット完売が相次ぐ好評だったと聞く。そんな中での札幌公演。横山には楽しみがあるという。
-前に来た時(札幌の役者による『人の気も知らないで』の演出)、宿泊していた天神山から劇場(シアターZOO)まで自転車で通いました。快適だったので、今回も自転車で通おうかなって。
今回、『粛々と運針』は、知立(愛知県)、仙台、福岡、札幌と4カ所を回ります。全国を回るためにも、再演を続けるにも、iakuの作品はどの地域に行っても受け入れられる強度を持ったものでいたいと考えています。その強度って、いろんな地域のいろんな人に観てもらうことで、補強されていく部分もあると思うんです。いい役者を連れて行くので、札幌でもたくさんの人に観てほしいと願っています。
5月24日、東京にてインタビュー
6月23日18時、24日13時・17時
札幌・シアターZOO
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●横山拓也
よこやま・たくや 1977年、大阪生まれ。劇作家、演出家、iaku代表。「消耗しにくい演劇作品」を標榜し、全国各地で再演ツアーを精力的に実施。旗揚げ作品「人の気も知らないで」は4年連続で上演を重ね、10都市50ステージに及ぶ公演を行っている(2015年現在)。戯曲講座の講師としての実績も多数あり。13年に『人の気も知らないで』で第1回せんだい短編戯曲賞大賞、17年に『ハイツブリが飛ぶのを』の脚本で文化庁芸術祭賞 新人賞受賞。
iakuホームページ http://www.iaku.jp/
text by マサコさん