今年2月、演劇専用小劇場BLOCH(以下、ブロック)で始まったプロデュース公演『BLOCH PRESENTS 2018 TDP』。劇場として若手劇作家の作品をプロデュースする企画で、演劇ユニット「きっとろんどん」の井上悠介(以下、井上くん)が作演出に選ばれた。2月の第1弾公演『電王』でプロ棋士とコンピューター将棋ソフトウェアの戦いをテンポ良く描き、8月29日に初日が開く第2弾の『ATOM』では、人型ロボットにまつわる物語をみせてくれる。
井上悠介氏
●「井上くんは〝2人目〟」
和田さん:ブロックでは開館当初から企画公演をやっています。その狙いは、若い劇団が楽しそうにやっているのを見てもらって、「自分たちも(演劇が)できそうだ」と思う人を増やすことです。東京の劇団ではなく身近なところで活動する劇団で、かつ、観客の年齢とさほど変わらない役者が舞台に立つ。それで観劇そのものの敷居を低くできるのではないか、もしくは「演劇をやるのも面白そうだな」と劇団を起こす人が増えるのではないか…と。その考えは今も変わりません。
特定の劇作家・演出家と作品をつくる企画は、今や東京で「2.5次元(舞台・ミュージカル)」を手がける川尻恵太くん(SUGAR BOY。当時は「苗穂ロイヤル歌劇団」。14年の札幌演劇シーズン後は公演を行っていない)と始めました。今回の企画で井上くんを選んだのは、「若手で本を書けるって優秀だな」って思ったのが理由です。それだけ?って聞かれると、「最初はそれだけ」と答えちゃうんですけど、本を書ける人は貴重なんです。数年前、周囲の演劇関係者に「若手で(本を)書く人いる?」と聞いてまわった時、井上くんの名前が出ました。その当時、僕は彼の作品を観たことがなかったし、彼の存在すら意識していなかった。その後にいろいろあって、井上くんの教育実習が終わった日の打ち上げの2次会の会状で初めて会ったんですよ。ネクタイしてるし学校の先生のようだなぁって思ったのを覚えてます。
井上くん:その後、飲み過ぎたせいでずーっとトイレで吐いていましたけど(笑)。
和田さん:まぁ、そこから、とりあえず正月の『ロンリーアクタープロジェクト』(17年)で短編の一人芝居を作ってもらうことにしました。バスで自宅に帰ろうとする女子大生の話で、その出来に「あ、いいんじゃない」と思いました。もう一回試しに、今年の『ロンリーアクタープロジェクト』でもやってもらって、「あ、やっぱりいいんじゃない」って。井上くんで企画をやっちゃおうと決めました。
●最初は好きな「将棋」で
井上くん:僕にはブロックの企画のほかに、「きっとろんどん」というホームがあります。だから、声を掛けてもらった時、ブロックでは「きっとろんどん」とは違うことをやりたいなと思いました。そこでたどり付いたのは「2.5次元(ミュージカル)」。昨年、東京で川尻さん演出の舞台『モブサイコ100』を観て、「2.5次元のようなノリのものをやってみたいな」と。そこから、自分が好きな将棋を題材に『電王』を書きました。同じ年代にウケる一方で、年上や将棋好きな人からは批判もあったりしたけれど、演出の工夫など公演をやったからこそ見えてきたものもありました。今回の『ATOM』も自分が好きなSFを物語にしていますが、前作からの2.5次元っぽいノリを引き継いでいます。
和田さん:井上くんを見ていると、自分が好きなことを楽しんでやっているという印象が強いです。だから、『電王』は好きなように作って、好きなようにやってもらったけれど、『ATOM』では80%の自由を与えて、口出しを20%しています。前回からの反省というか方向転換というか、井上くんと同じ年代だけにウケるのではなく、もっと幅広い年代が楽しめる作品になれば…というのが狙いです。
『電王』
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ここからは井上くんについて書きたいと思う。「きっとろんどん」は昨年11月の『ミーアキャットピープル』で470人を動員。その後の和田さんへのインタビューで「若手なのにすごく注目されているのを感じた」というコメントが今でも印象に残っている。私が井上くん作演出の舞台を観るのはその後からになるのだが、若手でこれだけの注目を集めるのは「きっと、高校演劇などのベースがあるからだ」と勝手に思っていた。が、学校主催の観劇会を除いて、演劇を観たのも演劇を始めたのも大学に入学してからだという。
井上くん:本やマンガや映画が好きで、漠然と「何か書きたいな-」とは思っていました。でも、いきなり「ラノベ(ライトノベル)書け」と言われても無理だなと。入学した大学(北海道教育大札幌校。現在、休学中)で「演劇集団空の魚」の公演を初めて観て、何となく「ここでなら好きなことが書けるかな」と思って入ったら、実際にすぐ脚本を書くことになりました。その「空の魚」と平行して、「きっとろんどん」を旗揚げ。公演には大学の教授や自分の親も観に来てくれています。
全ての公演に共通しているのは、完成した公演が自分で観ても面白いと思えるものになったらいいかなってことです。そこに共感して面白がってくれる人はいると思っています。公演して観客がいっぱい入っているのを見ると嬉しくなりますが、最近は同年代だけではなく、自分より年上の観客も増えてきました。それと同時に、アンケートで批判の声が増えたんです。僕はその声に対して、むかついたり怒ったりはしないですね。自分が面白いと思うものを一生懸命に作った上で批判されるのなら、人の感性や好みはそれぞれだから、それはそれでしようがないと思う所もある。また、「そういう見方もあったか」と知ることもあります。だから、和田さんによる『ATOM』への〝口出し〟もありがたく思ってます。ただ、自分としては「(自分の)面白さ」の度合いや感覚は、観客を含めて大衆とかけ離れたものではないと思っています。
とはいえ、井上くんが作演出に名を連ねる公演は、注目度の高さも相まって動員数が伸びる。札幌の若手劇団の中では一番勢いがあると言って間違いではない。しかし井上くんはその絶好調ぶりにはしゃぐのではなく、むしろ自身を取り巻く状況を冷静に見ているようでもある。
井上くん:今回のブロックの企画では、「今はこれをやってみたい」と2.5次元のノリを続けて取り入れています。だけど、それがずっとウケ続けることはなくって、いつか周りから「いつも同じ」と飽きられるんだと思う。それより先に自分自身が飽きちゃう気もしますけど。一人の人間が書く・作るものだから当たり前に偏りが起きるし、興味関心の向く方向も変わる。そこからきっと、「今度はこれをやりたい」というものに出合うんじゃないかなと。だから、今流行っているものをいろいろと観て、今ウケているものを知ることも続けています。新しいものを追いかけたりする一方で、手塚治虫のマンガも読んだりします。そんな風にバランスを取りながら、自分のスタイルが出来上がっては変化していくんじゃないかなって思いますね。
何かチャンスがあれば、マンガが原作の舞台を手がけてみたい。「札幌で2.5次元やるよ」っていう時に声をかけてもらえるように、今、いろいろと準備できたらなぁと思っています。
8月28日、BLOCHにて、井上くんのアルバイト出勤前に取材
8月31日20時、9月1日14時・19時、2日14時、3日19時
演劇専用小劇場BLOCH
→※詳細はBLOCHのホームページで
●井上悠介
いのうえ・ゆうすけ。1995年、札幌生まれ。北海道教育大学在学中の2016年に、久保章太、山科連太郎、リンノスケとともに演劇ユニット「きっとろんどん」を旗揚げ。17年度TGRアカデミー奨学生に選ばれる。
text by マサコさん