たまに無性に観たくなる。あの特異なセリフ回しや噛み合ないセリフの応酬にただただ浸りたくなる──僕にとって別役実とはそういう位置づけの作家です。
別役作品の上演を過去1年以上にわたり上演を繰り返してきた「座・れら」さんですが、実は拝見するのは今回が始めてでした。作品自体も未知の2本。
『招待されなかった客』(竹江維子×さとうみきと)演出:戸塚直人
こちらは僕が最初にイメージする「別役実」作品そのもの、といった香りの長編。セリフに固執して観ていると置いていかれる。『わが町』を知っていた分とっつきやすかった。
『トイレはこちら』杉浦朋子×小川大揮)演出:戸塚直人
休憩をはさんで2本目のこちらは短編小説の香りが色濃い。シチュエーションは日常を逸脱しているものの、現代人である僕らにはついていけない程の不条理性はなく、ある意味コント仕立ての範疇に納まる。(長編だと思い込んでいたので拍子抜けする程の観易さ。)
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かなり両極端な2作、という印象でした。
「現代人である僕ら」と書きましたが、そう、別役が戯曲を書いたのはそう昔でもないにせよ、その「時」と今とでは微妙に受け手(観客)の事情が変わっているよね、というのが今回の僕の感想です。
例えば、『招待されなかった客』。
芝居とは不完全なものであり、多分に観客の想像力に委ねられるのですが、例えば小道具のぬいぐるみひとつ取っても、作品の中ではただのぬいぐるみではなく生きたペットなのか、そのままのぬいぐるみなのか──芝居のお約束を信じればいいのか、自分が見ているものをそのまま受け取ればいいのか、それとも彼女(魔女)が見ているものを信じればいいのか。
そもそも不条理なセリフはただの「別役節」なのか、それとも彼女(魔女)がちょっと「おかしい人」なのか、いやいやただの認知症(!)なのか。──ネット社会が発達した今日、様々な間接的体験が共有され、多様な問題を抱える現代人の常態が露(あらわ)になった21世紀の現代では、過去の「不条理劇」はシンプルには浸りづらいかもしれないですね。そしてまた『トイレはこちら』が逆に単なるコメディとして受け取られてしまったり。
──そんな僕の連れづれなる想いとは別に、たとえ時代がどう変わろうともこれは役者にとっては標(しるべ)のない挑戦なのだろうな。「別役地獄」とは的を射た言葉ですね。そんな役者さんの苦闘を見られる事こそが別役作品の愉しみでもあるわけです。そういう意味において今回はとても良い時間を過ごさせて頂きました。できれば同じキャストで、同じ作品を、またいつか。
(2018/11/10 14:00〜 サンピアザ劇場にて観劇)
text by 九十八坊(orb)