暗闇に浮かぶ夢 劇団風蝕異人街『身毒丸』

今年は寺山修司没後35年。今まで20年間、寺山作品を上演してきた演出のこしばきこうがエンターティンメントを前面に押出した舞台だ。今年7月に上演した「トロイアの女たち」から続く盛んな意欲を感じた。
 寺山は1983年48歳でなくなった。「身毒丸」上演は1977年、寺山率いる劇団「演劇実験室◎天井桟敷」の座付き音楽家・俳優のJ・A・シーザーがコンサートで説教オペラ「しんとく丸」を上演したのを嚆矢とする。今回、風蝕異人街の「身毒丸」も盛大なミュージカル宴であった。

舞台奥と会場左右の壁面におびただしい掛け軸が掛けられていた。古びた書画だが壁際に座った私の隣には明治天皇の御妃、昭憲皇太后がおわしていた。正面の掛け軸の前は卒塔婆が柵のように立ち、その前は紅柄格子の見世物小屋であり、女郎屋のようでもある。中世説話に題材を得た母と子の愛憎劇は猥雑なエネルギーに溢れていた。風蝕異人街の二枚看板、三木美智代がしんとく、堀きよ美が継母を演じたが暗喩と寓意に満ちた世界でストーリーを紡ぐのは簡単でない。過剰なまでの歌舞音曲と群衆劇が全体を覆った。

亡き生母を慕い、父が見世物小屋から買ってきた継母、撫子に決して馴染めない しんとくは持ち運びでき、伸び縮みする穴を通し地下世界へ下りていく。そこで見つけたと思い、抱きついた生母はじつは継母であった。
母は生まれた男子が最初に接する異性だ。一方、継母は男子に対して異性でありながら家族としての母を規定される。男子が対峙する「母」とは母性と異性の二つながら有する存在だ。これは母子愛憎の源泉ではないか。あるいは暗闇に浮かぶ夢か。
 寺山は短歌といい、演劇といいそのモチーフに「母」を抱えている。そこからは炎に包まれた地獄で血みどろの家族が覗き見える。しかし、ポータブルで伸び縮みする穴から見上げていたのは光明に包まれた天上から降りてくる「聖家族」ではなかっただろうか。
 
 
2018年11月15日(木)15:00 パトス

投稿者:有田英宗

text by ゲスト投稿

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