復讐の王女の残像に浸る 風蝕異人街『メディアマシーン』

「メディアマシーン」という響きは、なんだか新聞・テレビのマシーンのようだが、さにあらず。かのギリシャ悲劇の王女メディア様のメディアである。そんなことわかってるわい、という皆さんは色々なメディアの舞台をご覧になっただろうが、私が最も印象に残っているのは、1989年新神戸オリエンタル劇場で観た、蜷川氏演出、嵐徳三郎氏主演の「王女メディア」である。愛した夫の裏切りへの復讐のため二人の間にできた子供たちを殺害したメディアが、「私の子供たちはどこだ?!」と悲痛な問いかけをするイアソンを、上から見下ろしながら、「お前の子ではない、私の子だ~!」というシーンが壮絶で、女性の強さ、怖さを鳥肌が立つほど感じたのだった。クワァ~凄かったな~と思い出しながら、パトスの階段を下りる。

さて本題の「メディアマシーン」は、「ハムレットマシーン」同様、難解が売りのような作品だと覚悟して行ったのだったが、この風蝕異人街の本作は、岸田理生氏が、原作のハイナー・ミュラー「メディアマテリアル」を脚本化しており、こしばきこう氏の演出は、実にストレートに伝わってきた。アングラ的現代ギリシャ悲劇として、振付の三木美智代氏と共に、風蝕異人街の新たな境地が展開されたように思う。

5人の女優がメディアとして一群となり言葉と身体で表現していく。メディアの物語の「残像」、というのだろうか、そこから「女」「人間」が浮かび上がる。リーダーの三木美智代氏のきりりとした表情をはじめ、それぞれの表情が良い。懸命さが現れている。この劇団は、必ずしも全員がこなれたダンサーというわけではない。そこが寺山的に艶めかしく、人間的で面白いのだ。最前列でなくとも聞こえたであろう、約57分間表現し続けた彼女たちが、汗にまみれパタリと床に身を伏せてもなお漏れてくるハァハァという荒い息遣い。メディアは、悲しみ→絶望→怒り→復讐という哀しく恐ろしい顛末で、いかに人間がその感情から残酷になりうるか、という究極の例として、ぶっ飛んでいる。しかし彼女らの汗と息遣いは、復讐の時にも一人の人間であったメディアを思い起こさせる。息子たちの亡骸を抱えて去っていくメディアだって、ハァハァと荒い息遣いだったのではないか、なんてね。

力強く言葉を投げかけるヘカテ役の堀きよ美氏と、呆然とやられるしかないイアソン役の川口巧海氏は両名共好演で、しっかりメディアチームを支え、存在感があった。

東京公演の大成功を祈りたい。

2019年6月7日ターミナルプラザことにパトスにて観劇。

text by やすみん

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