他者を信じる・自分を信じるということを身体で感じる『SAPPORO DANCE BOAT PROJECT 2019』

コンタクト・インプロビゼーションというダンスがある。

わたしは、つい最近知ったばかり。お互いの身体を接触させながら、即興で表現をしていくダンスである。言葉を使わないコミュニケーションの方法の1つとして教育、医療、福祉などといった分野からも注目されているという。

SAPPORO DANCE BOAT PROJECTはこのコンタクト・インプロビゼーションのプロジェクトとして昨年始まり、9月15日・16日の二日間で、2回目の公演を行った。

京都のダンスカンパニーMonochrome Circusを札幌に招き、コンタクト・インプロビゼーションユニットであるmicelleと若手ダンサー、俳優がともに作品を作り上げていったそう。公演では、micelleの新作、Monochrome Circusのデュオ、参加メンバー全員での共同制作作品が上演された。

もちろん、舞台で踊るダンサーは身体表現のプロの人たちばかり。
でも、そういう人たちにとってもお互いの身体を接触させ即興で……というのは、そう簡単なことではないのでは?

そんなことを考えながら舞台を観た。

先日、たまたまコンタクト・インプロビゼーションのワークショップに参加させてもらった。

立ったまま2人で手を繋いで思いっきり引っ張り合い、バランスを取る。
背中合わせで押し合いながらそーっと座り、立ち上がる。
小中学生くらいの頃に体育の授業でやったことがあったかもという動き。
でも、それを初対面の人同士、言われたままにやろうとしても、なかなかすんなりできない。

自分が重いのではないだろうか。
手がぬるぬるしているのではないだろうか。
臭いのではないだろうか。

それに加えて、さまざまな形で相手に触れる中では、普段よほど親しい人でなければ触れないであろう身体の部分に手がいくこともある。

自意識過剰と笑われるだろうか。

でも、そのくらい、大人になってから、相手に直に触れるということはデリケートなことであるのを思い知るとともに、それができると、一気に相手との気持ちの距離感が変化するのも感じた。
でも、やはりなんとなく全てを肯定的に受け入れることができない自分もいた。

一つ目の作品【μ∴】(マイクロドット)ではダンサーによる「境目」についてのモノローグが挟まれる。それは性意識のことであったり、生と死のことであったり。
何人もの身体が塊りになってうごめく様子は人間の身体というより細胞のよう。そういえば人間も小さい細胞の集合体だった。

二つ目は【Endless】(エンドレス)。円形に切り取るように当てられた照明の中で、Monochrome Circusの二人が円をなぞって繰り返しお互いに呼応して動き続ける。
次第にトランス状態になってくる。いつの間にか円の光が反転していたことにも気がつかなかった。
最後に歩幅やスピードを合わせてただただ歩き続ける姿が印象的だった。

最後は【lemming】(レミング)。レミングとは大増殖しては海に飛び込んで集団自殺するという伝説を持つネズミのこと。そう広くはない舞台にかなりの人数のダンサーが入り乱れる。木のように倒れる人を支える。ひたすら支え続ける。その手は、今は見えているけれども、現実世界では見えない手もあるのだろうな。
こうやって全ての人が、倒れる人にも助ける人にもなりうる。なることができる。
これは希望だ。

積極的なコミュニケーションを苦手とするわたしは、人と無防備に接するのも怖いけれど、一人も怖い。

舞台で繰り広げられたのは自分の身体を自分以外の人に躊躇なく預け、自分も相手を受け止める動き。ひとつ間違うとケガに繋がりかねないような動きもある。

どうしてこんなことができるのだろう。

他者を信じきることができるから? もちろんそうだろう。
それと同時に、自分自身の身体も信じてやることができて初めて、あのような動きが可能になるのかもしれない。

自分も相手も信じること。
その両方ができて、ダンスとしての動きも、人とのコミュニケーションも成り立つのかもしれない。

コンタクト・インプロビゼーションというものがダンスという枠だけにとどまらない意味がほんの少しわかったような気がする。
もっと知りたいなと思った。

2019年9月15日 19:00  於 シアターZOO

text by わたなべひろみ(ひよひよ)(ゲスト投稿)

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