あの路地裏が好きだ 劇団イナダ組『カメヤ演芸場物語』

楽屋とは、出番を待つ人たちの場所だ。

きらびやかなライト、観客の拍手、その舞台へ行くための場。そう、それは象徴的だ。

世間という名の舞台で人気というスポットライトをあびるため、そこへ這いあがろうとするものたちの場。

たとえば本作の石崎(江田由紀浩)、ちー子(池江蘭)、ヒデ(遠藤洋平)の漫才トリオは、それぞれに温度差はあるものの「楽屋」から「舞台」へあがるためにもがいている。なかでもリーダー格の石崎は痛々しいまでの向上心をむき出しにして、なんとかここから這いあがろうとする。

いっぽうロマン師匠(藤村忠寿「HTB北海道テレビ」)はベテラン芸人だ。彼は冒頭、相方で妻のカレン(山村素絵「劇団イナダ組」)の不在や衣装騒動などをいいことに舞台にあがらない。そう、彼は「楽屋」から「舞台」へあがることをあきらめてしまった存在だ。

劇団イナダ組『カメヤ演芸場物語』。その主たる舞台である楽屋にはさまざまな人たちが入り乱れ、やって来ては去り、去っていってはやって来る(ちなみに例外がひとりだけいるのだが、それはあとで語る)。

楽屋という、本来は舞台裏である場所で、彼ら彼女らは命を燃やす。燃えすぎて焦げた匂いが、あるいは不完全燃焼になった匂いが、舞台や客席にただよう。人はそれを人情と呼ぶかもしれないし、喜劇や悲劇、はたまた芝居というかもしれない。キザな人は、匂いだけじゃなくその燃焼をもふくめて「昭和」と呼ぶのかも。

そんな、メインとなってスポットライトがあたる楽屋を出ると、一転、うす暗い路地裏になる。そこではメインの舞台(楽屋)で話せなかったことや本音が吐露される。つまりその路地裏が楽屋の楽屋(舞台裏)となる。

僕はあの、狭くて日の当たらない、人間のやるせなさが発酵したような路地裏が好きだ。このお芝居でなにが一番かと言われたら、あの路地裏をあげる(下手側なのでよく見たい人はそちらに座ることをオススメする)。

本来舞台裏である楽屋はメインの舞台と化し、路地裏は楽屋となり、演芸場の舞台からは音と明かりが漏れてくる。多層的な構造だ。

いやそれだけじゃない。劇中繰り返される「客の拍手が、笑いの渦が、まだ聞こえる、まだ鳴り止まぬ」は、芸人だけではなく演劇人も求めつづけていることだろう。この公演の本番中、コンカリーニョの楽屋にも「楽屋」から「舞台」へ這いあがろうとする存在がいるのかもしれない。出番をいまや遅しと待ちかまえているのかも。

最後に役者について。

主役のひとり、藤村忠寿。演出家が役者をやると独特の味が出るのだけど、この人からはそういう演出家の演技とは違うものを感じた。役者の生の部分を残したような、洗練されつくしていない、えぐみを残した味わい。役者歴が浅いからだと言うかもしれないけど、はたしてそれだけだろうか。

愚直に舞台にいどむ姿勢、それが一本気なロマン師匠の姿と重るのだ。彼は「楽屋」から「舞台」にあがることをあきらめたように見えるが、本当はまだ「舞台」を捨ていないかもしれない。そういう気概をにじませるので彼を見捨てることができなくなる。この人物をもっと見つめていたくなる。だから海千山千のこなれた役者が落ちぶれた芸人の悲哀を演じるのとは違う、それ以上の『カメヤ演芸場物語』になっているのではないかと思った。

そしておなじように、まだ役者としてのずるさを纏(まと)う前のよさを出しているのが戸澤亮(NEXTAGE)だ。秋田という学生闘争に身を投じた若者だけど、ガリガリとした思想ではない、政治の季節の風に吹かれて流されていった若者の寄るべなさが感じられた。公安に追われて彼は、流れ着いた演芸場で別の熱にやられてしまう。

戸澤は昨年11月の舞台、メロトゲニ『こぼれた街と、朝の果て。~その偏愛と考察~』で見たときも思ったが、無理せずその場にいるたたずまいと雰囲気がいい(ただしどちらも、役としては、違和感のある場所に迷いこんだ存在というのが面白い。つまり自然なのだ)。

いっぽう物語の脇に立ち、陰に日向に支える存在がしっかり仕事をしてくれるとうれしくなる。吉田諒希(劇団イナダ組)演じる御所河原は演芸場の事務員で事務として演芸場を支え、文字どおりカレンを支え、ストーリー進行をうながし、相の手を入れ、その他さまざま雑事をこなす。御所河原が演芸場を支えたように吉田もこの劇自体を支えていた。

この御所河原こそが、出入りがはげしく変化のある物語の中、唯一不動の立ち位置で、演芸場や物語の中心なのかもしれない。精巧に作られたカメヤ演芸場の舞台への入り口に祀られそっと見守る存在である神棚と、芸人たちを見守り支える彼女を一致させるというのはさすがにうがった見方……かもしれないけど。

 

公演場所:コンカリーニョ

公演期間:2020年2月15日~2月22日

初出:札幌演劇シーズン2020冬「ゲキカン!」

 

text by 島崎町

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