もし、フィリップ・K・ディックが古畑任三郎を書いたら。
とでも言うべきSFコメディミステリー。なんじゃそりゃ、と思うかもしれないけど。
ラボチプロデュース のと☆えれき『私の名前は、山田タロス。』は、ふたり舞台で65分というコンパクトさ。にもかかわらず内容は、近未来の自殺未遂事件の犯人捜しを通して、人間とアンドロイドの存在の揺らぎを描くというテーマ性。
エキセントリックな刑事が生みだす笑いあり、二転三転するサスペンスあり。盛りだくさんだ。
冒頭にあげたフィリップ・K・ディックは作家で『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』(映画化名『ブレードランナー』)などの小説を書いた。人間と寸分たがわぬ存在は人間ではないのか、本物と偽物にどんな違いがあるのかという題材を好んだ。
アンドロイドを「虚」、人間を「実」とするなら虚実の境目を描いた作家ということになる。この虚実の境目というのは演劇と食い合わせがいい。演劇もまた、舞台という虚構の空間で偽物(役者)が本物を演じるからだ。
どこまでも「虚」を突き詰めていった結果、観客にとって偽物は本物と変わらない「実」となる。現実世界よりも演劇世界の方に心打たれ、偽物の言動に心を震わせる。
ときに喜び、ときに涙して、気がつけば虚構の現実に取りこまれている。そうなるともう帰ってこられない。さようなら。
そういうわけでこの舞台、『私の名前は、山田タロス。』でいちばん面白かった場面もまた、虚実の入りまじるところだった。
容疑者と刑事が事件を再現するために回想的に演じはじめる。過去と現在が入りまじり、現実が浸食されているような感覚に陥る。虚と実どちらに足を置いて立っているのかわからなくなり精神が揺らぐ。すばらしい!
その虚実のゆらめきを、肩の力を抜いて軽やかに演じるふたりの役者、能登英輔、小林エレキはたくみだ。
劇団yhsの看板役者のふたりは日ごろからツイキャスやYouTubeで発信をつづけていて、舞台上でのコンビネーションも抜群。すきあらば放りこまれるクスグリは楽しく、オフのゆるさが楽しが一転してオンのスイッチが入るととたんに舞台は凍りつく。
いい意味でのゆるさとスリリングな展開で65分という上演時間がさらに短く感じられる。短すぎる、もっと観ていたい! という気持ちになった。もうあと20分くらいあって、人間と人間に近い存在の違いはなにかという掘り下げや、登場しない被害者(自殺未遂)の存在感をさらに増してもいいんじゃないかとも思ったけど、贅沢な意見だろうか。
まあ、もっと観たいと思った観客は、本作ダブルキャストでふたりの配役を逆にしたバージョンがあるのでそっちを楽しんでください、ということなのかもしれない。
能登&エレキのコンビは最高で、このふたり芝居シリーズをいつまでもつづけてほしいと思った。数年、数十年、そのうち能登ロボットとエレキロボットとなって、いつまでも、いつまでも……。
公演場所:シアターZOO
公演期間:2021年7月17日~7月24日
初出:札幌演劇シーズン2021夏「ゲキカン!」
text by 島崎町