三人の魔女の衣装に思う  風蝕異人街『マクベス』

黒ずくめでくるかと思ったら、三人の魔女の衣装は色味のある綺麗なものであった。しかも頭に花々の飾り物をかぶって。そうきたか、と思った。ヘカテではなくダイアナの使いのようであったと言ったら言い過ぎであろうか・・・。

美しい古書と美しいプライベートライブラリーの映像、ボクの好きな映画に『ナインスゲート』がある。ジョニー・デップ主演の作品だ。稀覯本の売買を営む主人公が蒐集家から悪魔に関する本の調査を依頼される。その蒐集家が講演する場面でジャン・ボダンの『魔女論』を紹介しているのが印象的であった。そのボダンから影響を受け『悪魔学』を書いたのがジェイムズ一世であり、そのジェイムズの前で上演されたのがシェイクスピアの『マクベス』である。

文学少年でも文学青年でも無かったボクは、50歳を前にして初めてマクベスを読んだ。そしてボクは「これ本当に王様の前でやったの?」と思った。ジェイムズ一世と言えば王権神授説である。たとえ暴君であっても抵抗せずに神に向かって泣きなさいという人である。しかし『マクベス』を読む限り、バンクォーの子孫であるジェイムズに王権を授けたのは魔女、もしくはヘカテである(魔女の予言はヘカテからの預言とも言える)。「魔女は断固として取り締まるべし」というジェイムズに魔女の予言を見せるのは皮肉と思える。魔女がマクベスをそそのかさなければ、ジェイムズが王になることは無かったのだから。それにシェイクスピアがマクベス執筆にあたり参考にしたと言われる『ホリンシェッド年代記』には、マクベスとバンクォーが協力してダンカン王を殺したとある。『マクベス』を観たジェイムズは苦笑いをしたことだろう。

たしかにマクベスの謀反が無くとも、回りまわってバンクォーの子孫が王になることはあったかもしれない。しかし、それでは息子のフリーアンスがウェールズに逃げることは無かった(風蝕さんの宣伝動画にはアイルランドとあったけど違うと思う)。フリーアンスとウェールズ王の娘が結婚し、その子孫がジェイムズである。ヘンリー八世は王位継承権について、スコットランドに嫁いだ姉のマーガレットの子孫(つまりジェイムズ一世)ではなく、妹の子孫にあるとしていた。そんなこともあってなのかウェールズと言えばアーサー王、ジェイムズはアーサー王の子孫であると主張した。

「アーサー王などというケルトの王の実在を歴史学者が否定したとしても、異教徒の侵寇に対して雄々しく戦い抜いて散って行ったキリスト教徒の王とその家来たちがいたこと、そしてその王の記憶が広く国民に行きわたって、愛情と敬意をもってその遺徳が語りつがれていたという事実は間違いがない。」              渡部昇一『歴史家としてのチェスタトン』

スコットランド王がイングランド王となるにはアーサー王の権威が必要だったのだろう。そのアーサー王の祖先はトロイアの勇士でローマ建国の祖アエネアース、その曾孫のブルートゥスである。そのブルートゥスに「ブリタニアの王になれ」と言ったのは女神ディアナであった。

「おお!天高く永遠に若くおわし三つの御名、三つのお姿を具えられるお方よ、わが民草の受難にあたり、おすがりします、ディアナよ、ルーナよ、ヘカテよ!」                              ゲーテ『ファウスト』

『夏の世の夢』でもキューピッドの「浮気草」を上回る力を持つのは女神ダイアナの花である。三つの姿を持つダイアナ(ディアナ)をシェイクスピアは意識したはず。魔女を嫌いながらアーサー王の子孫だと主張するジェイムズ。シェイクスピアは滑稽と思ったことだろう。王様は魔女を敵視するが、あなたに王権を授けたのはダイアナ、つまりヘカテじゃないかと。それにダイアナはキリスト教の神では無い。王権神授説の根拠を聖書の「詩篇」「サムエル記上」「ローマ人への手紙」とするジェイムズが、ヘカテから王権を授かったと言われて気を良くするはずがない。シェイクスピアの戯曲に体制批判を読み取る解釈もあるが、ジェイムズはシェイクスピアのパトロンである。もし民衆がシェイクスピアから体制批判を読み取り喜んだとしたら、それは民衆のガス抜きに協力したか、もしくは利用されたのだと思える。ジェイムズは耳の痛いことを言う宮廷道化師のアーチ―を厚遇するくらいだから、それくらいのことは考えたのではないだろうか。アーチ―はジェイムズ一世の息子であるチャールズ一世にも仕えたが、あまりに痛い所を突いてくるので宮廷から追い出されてしまう。そしてチャールズ一世は清教徒革命による政権交代で首を斬られた。けれど圧政者の首を斬ったクロムウェルたちはより強い圧政を敷いたのである。演劇すらできなくなった。(ペスト流行による劇場閉鎖、その約50年後政権交代による劇場閉鎖。歴史が繰り返されるものならコロナ禍のあと、劇場に何が起こるであろうか?)クロムウェルの死後、王政復古となりクロムウェルは反逆者とされ遺体は辱めを受けることとなる。

「フールの悪口も許せなくなった時に、チャールズ一世は王者としての心の余裕を失っていたのである」  渡部昇一『文科の時代』

今回の公演、複数の役者?ダンサー?の方たちが出演を辞退した。劇団からは何の発表も無かったと思う。辞退された方々とは面識もないし事情を知りたいとも思わないが、劇団から何らかのお知らせがあっても良かったのではないだろうか(さらっとで良いので)。チャールズのように心の余裕を失っていたのでなければ良いのだけれど。

『マクベス』についての考察は見当違いかもしれないし、劇団に対しては面白くない意見だったかもしれない。だから余計な意見だ!と、もしお気に召さぬとあらば、うたた寝に垣間見た夢まぼろしと思っていただきたい。この狂言、けっしてお咎めくださいますな(byパック)、なんてね。

 

2021年11月7日(日)14:00

生活支援型文化施設コンカリーニョにて観劇

text by S・T

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