演出の変化で見えた物語 座・れら『おやすみ、母さん』

「ぜひ作品について語っていただけると嬉しい」と、ご招待をいただいた。仕事が詰まっているので遠慮しようと思っていたら、奇跡のように予定が動いた。ご縁があるとはこういうことだ。まずは初日(11日)に観劇した。

初日の舞台では、物語はあまりよくわからなかった。
演出の方向性としては「支配的な母親(毒親)と自立できない娘、共依存の悲劇」を描こうとしているように感じた。しかし、セリフ(戯曲)から受け取れるのは、普通の母親レベルの支配と身勝手さだ。
では、それを苦痛に思う娘とは? 病んでいることはわかっても、何が苦しみなのかは見えてこない。
特に、母親のラストのセリフ。「そんなだとは」「わかってやれなかった」と言うが、どんなだったと思ったのか、わかってやれなかったのは何か(今は何がわかったのか)、見えない。

上記を率直に伝えたところ、「二日目の夜公演から軌道を修正した、初日の印象とは違う舞台になっているはずだ」との連絡があった。そうとなれば、どのように変わったのかが気にかかる。もう一度、14日11時の回を観劇した。

確かに、全く違う印象の舞台になっていた。初日には伝わってこなかったセリフの一つひとつが意味を持って聞こえてきて、ごく自然に物語の展開を追うことができた。「演出が変わるとはこういうことか!」という気持ちのいい驚き。

イライラと支配的に振る舞っていた母親は姿を消し、舞台上にいたのは普通の母親と娘だった。

夫を亡くし、出戻りの娘を迎え入れ、娘の引きこもりを案じつつも許容しいくらかは頼りもし、息子夫婦や友人たちと交流し、生活の中にそれなりの楽しみを見つけて暮らしている、ごく普通の年老いた母親。
自殺するという娘の言葉に驚き、宥め、おどけ、語りかけ、怒り、精一杯引き留めようとする母親。ああこれならわかる。

娘も、病んではいるが普通だった。夫と別れ息子と離れ、身近な人たちの関係性の中で生きている娘。「普通の娘がなぜ死のうとしているのか」が、物語の推進力となる。原因は、母? 息子? 母の友人? 兄や兄嫁? 別れた夫? 母と今はなき父との関係性? それとも自身の病?

「人が死ぬと、生きている私たちは、私たちにとってわかりやすい理由に飛びつく。中学生が死んだらいじめが原因とか。それはそうなのかもしれないが、そんなことでは割り切れないこともあるはずで、生きている私たちは、そのわけのわからなさに向き合い続けなくてはならないのではないか」。

これは本作の演出家・戸塚直人の言葉だ。

そうなのだ、人がなぜそのように振る舞うのか、本当のことはけしてわからない。
一つの事柄について複数の人に話を聞いて解を探るような仕事するとき、私はそのことを実感する。同じ人に時をおいて同じ質問を何度かするようなときにも。真実は無数にある。私たちは答え合わせができない中で、モヤモヤとしながら自分なりの解を眺めるしかない。

演出家にも、舞台上の母親にも、娘の死の理由はわからなくていいのだろう。

けれども舞台上の娘本人は、自分がなぜ死を選択するかを、小さな原因の連鎖の混沌のままに知っていたはずだ。

14日15時(楽)で観劇した S・Tさんは、鬱の場合、「どん底から這い上がり、ようやく回復のきざしが見えてくる時期」が、自殺衝動などが起こる危険な時期だと書いている。その通りだと思う。演出家は小池美佐子氏の解釈(母の生き方の否定)を今回の演出では採用していないと感じる。
けれど娘は「去年のクリスマスからずっと」死について考え、入念な準備をしてきたのだ。希死念慮の魔に眩まされたにしても、衝動的な選択ではない。

どこまで行っても自分はどこにも行き着けないからここでバスを降りるのだ、諦めるのではなく別の選択をしようとしているのだ、と娘は言う。ここでは小池氏の解釈にある「〈自信を持って〉、自分で自分の生をコントロールする権利を行使」しようとしているように見える。

一方で、「わかってほしかったから話した」とも言う。

12日19時30分の回を観劇した中脇さんは、
「『死なないで』って言って欲しいし、『死なないで』って言わないで欲しい娘の、最後の甘えのようなものを感じた」
と書いている。

私もそれを感じた。けれど、不満足だ。決然とした死の選択と母親にわかってほしい気持ち、最後のゆらぎ、それらを通すものが不足している。

初日の舞台では、小沼なつきが演じる娘のほうが「わかる」と感じた。母親との関係性と病の内側で死を選択しようとしている娘。

最終日は、竹江維子が演じる母のほうが「わかる」と感じた。急ぎ変更したと知ってる目でみればまだチューニングが合っていない部分はあったが、母親像の変化は見事だった。罪を語り、「死んでしまえ」という言葉を忌避し、自分が発した言葉に傷ついて力を失う様子には、キリスト教の考えを持つ母をイメージした。「わかってやれなかった」の言葉も腑に落ちた。娘を思う気持ちに胸を打たれた。

二日目以降を初見で観た人たちがどんな感想を書くのか、私は楽しみに待っていた。
中脇さんの感想からも、S.Tさんの感想からも、「完成した舞台を観た」と感じていることがわかる。客席の様子から想像していた通りだ。事情を知る目にはまだ不足感があっても、初見の観客は十分に満足するできばえだったようだ。なんという早わざでの対応力、なんという底力。ああ、初日に観た人たちが知れば悔しがるだろう。
 
蛇足ながら。
初日、劇場で偶然にお会いした方と共に帰る道すがら、観た作品のわからなさ加減について語り合い、ついでに最近観たオペラやバレエなどについて、お茶を飲みながら話をした。昨今は劇場の外で、観た作品について「ここがわからない、あの部分はおかしいと思う」というような話をすることをマナー違反とする向きもあるようだが、「語り合ってくれ」との案内だったのだから気兼ねはいらないだろう。作品はわからなかったけれど、語り合うことは楽しかった。そのようにして、私は初日の観劇も十分に楽しんだ。二度の観劇による劇的な演出の変化の体験だけではなく。
 
 
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※11月19日追記
ひとまず感想を書き上げたがモヤモヤが残り、改めて熟考。
戯曲上の「母の人生の否定」の部分を削除した結果、「なぜ母親と話しをしてから死のうと思ったのか」が不明瞭になっている点がモヤモヤの原因のような気がする。

初日は、自分が死んだ後の母への誕生日プレゼントのリストアップを、非常に身勝手な行為だと感じた。自死した娘から毎年届くプレゼントなんて嫌がらせでは? 死んでも覚えていてほしいの?と。
これが「母の人生の否定としての死」なら、プレゼント=嫌がらせ(復讐)説もアリだ。視野が狭くなってる状態での「身勝手な愛」でも成り立つけど。

二度目の観劇、プレゼントリストのシーンは愛情の行為のように感じた。しかし「母への愛はあるが死を選ぶ」というなら、話し合いの理由がわからない。愛があるなら準備万端整えて黙って死ぬような気がする。話し合いの理由を「わかってほしかった」と言うけど、何をわかってほしかったのか。そこがわからない。
「手紙などで書き置いて黙って死ぬ」ではなく、「話し合って相手の反応を見た上で押し切って死にたい」と考える、その理由はなんだろう? 自殺を止めてほしいわけではないなら、話し合う理由がない気がする。
逆に、母親への当てつけとか復讐めいた気持ちがあるなら「わかってほしかった」というセリフが通る。わかってもらえないと死に甲斐がないからだ。さて。
 
 
2021年11月11日(木)15:00、14日(木)11:00、
扇谷記念スタジオ・シアターZOOにて観劇

text by 瞑想子

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