顔面パンチの斬新さ ナショナルシアター・ライブ 『シラノ・ド・ベルジュラック』

シラノといえば、大きな鼻をした主人公が、類まれな文才を持ちながら、鼻のコンプレックスから好きな相手には打ち明けられず、ハンサムな恋敵の姿を借りて想いを綴る悲しい物語。付け鼻をした男優を思い浮かべるが、今度は違う!めちゃくちゃセクシーなジェームズ・マカヴォイがそのままカッコよく出てるじゃないか。まずはここでオーディエンスの固定概念が打ち破られる。この裏切られ方は顔面パンチを受けたよう。シラノって大きい鼻じゃなくちゃ、という固定概念や外見からくる偏見にいきなり問いを突きつけられる。あなたは何を見ているのか、見ていると思っているのか。やられた!

舞台は削ぎ落としたシンプルさ。おのずと役者のセリフと表情にフォーカスされるようになる。ラッパー対決のステージであったり、デートの場であったり、戦場であったり。面白かったのは、椅子に座ったシラノと彼が恋するロクサーヌの会話の場面。向かい合わず二人とも客席に向かって話している。二人の表情がよく見られるだけでなく、真実の思いを自身の身体で表せないシラノの状況が象徴的に表現される。視覚でとらえるものと心で感じるもの、そのギャップはなぜ生まれるのか、どう埋められるのか。映像ならではなのだが、ロクサーヌへの想いを語るシラノの表情のアップは息が止まるほど切ない。マカヴォイはこんなにすごい役者だったのか、全然知らなかった、Xmenを観ようかなと思った。舞台とはいえ映画で見ておきながら言うのもなんだが、全く役者は舞台でその実力がわかる。

現代版らしく、演劇界ではお決まりのようなLGBTQを含めダイバーシティ&インクルージョンを推進するメッセージが散りばめられる。古典作品にラップが取り入れられるのも多様性だが、確かに英詩の韻を踏む手法やリズム重視はラップと同じ。今まで、シェークスピアのセリフをラップ風に言うパターンはあったが、ややおふざけ調だった。本作品では本格的に言葉のアートとして存在した。

海外に行きにくい、劇場に行きにくい今、ナショナルシアター・ライブは大変ありがたい。演劇という芸術の真髄を見せてくれる。正気を失わず、劇場に心を繋ぎ止めてくれる。演劇を続ける皆さん、ありがとう。

R.I.P.  Sir Antony Sher.  2021.12.3.

2021.11.30 札幌シネマフロンティアにて鑑賞。収録舞台は2019年。

text by やすみん

SNSでもご購読できます。