ナショナル・シアター・ライブ My Best 3!(磯貝圭子&島崎町)

「ナショナル・シアター・ライブ(NTライブ)」はイギリスのロイヤル・ナショナル・シアター主催の公演を世界に配信する企画。2014年から日本でも上映がはじまり、2021年11月には札幌シネマフロンティアで9作品を「アンコール祭り」として上映した。

札幌で活躍する俳優・磯貝圭子と、同じく札幌で作家/シナリオライターとして活動する島崎町が、NTライブのマイベスト3をあげてその魅力を語ります。(※作品の内容に多々ふれてしゃべっていますのでご注意ください)

 

<磯貝圭子の第3位><島崎町の第3位>

『スカイライト』

作:デヴィッド・ヘアー

演出:スティーヴン・ダルドリー

出演:キャリー・マリガン、ビル・ナイほか

あらすじ:教師として働くキラ(キャリー・マリガン)はひとり寒い部屋に帰ってくる。そこに突然、中年の男性トム(ビル・ナイ)が現れる。数年ぶりに顔をあわせた2人。かつてどういう関係だったのか。この再会はふたりになにをもたらすのか。長い夜がはじまる。

 

島崎町:ではさっそくいきましょう。

 

磯貝圭子:私の3位はですね、『スカイライト』ですね。

 

島崎:あ、めっちゃかぶったんですけど(笑)

 

磯貝:ホントですか(笑) 『スカイライト』はやっぱり戯曲のたくみさがあって。私これまったくなにも知らないで観に行ったんですよ。ストーリーも読まずになにも予備知識なしで観に行ったんですけど、いったいこの人たちの関係性はなんなんだってことで冒頭から引っぱっていって。ちょうど休憩があるじゃないですか。

 

島崎:NTライブって幕間に休憩が入るやつが多いですよね。

 

磯貝:あの休憩の入り方の絶妙さ。前半のところで2人の関係が実はそうだったんだってなってわかって、で、結ばれて、1幕目の終わりにあーってなるけど、こっちは大人なんでそう上手くいくわけないだろうと思って。

 

島崎:思います(笑)

 

磯貝:それで休憩時間を経たあとの、あそこからの展開。イギリスとか欧米の演劇、あと映画もそうなんですけど、当時の社会背景を無理なくその人たちの人生の背景にちゃんと据えて、メタ構造がすごく上手い。男女の価値観の違いだったり生き方の違いみたいなのを描きながらも、そこに格差だったりとか、社会背景を描く。途中で作品の解説ありましたよね。

 

島崎:幕間に脚本家がインタビューされるんですよね。

 

磯貝:あれがすごく手助けになった部分はあるんですけど、豊かな、お金を持ってる生活ではなく、生き甲斐のある人生を送りたいんだっていう女の価値観と、俺が幸せにしてあげるのになんでっていう男の、絶対相入れないだろうっていう後半の平行線からの――

 

島崎:ラストですよね。

 

磯貝:なんて、なんて美しいものを私は観たんだっていう。でももう元には戻らないけど、っていうあの戯曲のたくみさ。日本の映画とか演劇とか、書いてる人が若い人だったりするから、中年に差し掛かったり、もう人生が終わりかけている人たちが、どんな葛藤だったりどう過去を振り返ったり、なにを後悔して残された時間をどう生きようとしてるのか、そういう大人な芝居があんまりクローズアップされない。特に札幌だとやっぱり若い人が作ってる演劇が多かったりするから、あんまりそういう人生の……

 

島崎:あんまりないですよね。

 

磯貝:『スカイライト』にはそういうものがすごく含まれてるので、この年齢でこの作品見ちゃうとたまらない。たぶん若い時に観たらあんまりわかんなかったと思うんですよ。

 

島崎:そうですよね。僕もすごいビックリしました。僕も前情報を入れないで観に行ったので、二人芝居しか知らなくて。そうしたらたしかに、この2人はどういう2人なのかなって思う。それがだんだん解き明かされていく、理解していくっていうストーリーで、その流れがいいですよね。

 

磯貝:あ、そうなんだこの人たちって、ってなってからの展開。そこまでお客さんの関心を引きながら引っ張っていく戯曲のたくみさ。どうしてもああいういのって関係性を説明したくなっちゃうんですよ。だけどいっさい説明しないで、なんか突然来たんだな、みたいな。え? 若い彼氏?って思って。息子でもないの?みたいな。

 

島崎:そうそう(笑)最初に出てくる男の子が誰なのかわからないんですよね。

 

磯貝:お父さんとお母さんいるんだ、じゃあこの人だれ? なんでいっしょに住んでたの? みたいに。でもその瞬間にもう劇世界に――

 

島崎:入ってるんですよね。

 

磯貝:その戯曲のたくみさ。

 

島崎:あとこれ寒い話じゃないですか。だからすっごいいま身に染みて。寒いなーと思って。寒いアパートの演出とかも面白くて。冒頭、主人公の女性がお風呂かシャワーに入るじゃないですか。あれ観てて思うんでけど、大変だなーって。実際入ってるわけじゃないですけど、すごくいろんなそういう工夫があって。実際に料理作ったりとか。

 

磯貝:そう料理作ってた!

 

島崎:いろんなことをやるんだなっていう。食器をガシャーンってぶちまけたりとか。大変だなぁ、掃除するのかなあとか思ったりして(笑)

 

磯貝:(笑) 実時間で進んでいくから、それをちゃんと食べるところまで持っていくし、片付けもするし。あの演出はやっぱりうまいですよね。ただ座って2人で喋ってたら、ああはならない。で、1人はなにか作業してて、もう1人はそれを邪魔したり手伝おうとしてたりとかそういうのが上手ですよね。あと、もともとの戯曲はちょっと前のイギリスのお話ですよね(1995年初演)。でもいま観ても……いまむしろみたいな。

 

島崎:だから、20年前とあんまり変わってないんだなっていう。主人公の女性は貧しい地区で教師をやってて、労働問題とかソーシャルワーカーの待遇の悪さとか、そのときのまま。なにもよくならずに、そのままなんだなっていうのがわかりますよね。じゃあつぎは磯貝さんの2位にいきましょう。

 

<磯貝圭子の第2位>

『シラノ・ド・ベルジュラック』

作:エドモン・ロスタン

演出:ジェイミー・ロイド

出演:ジェームズ・マカヴォイ、アニータ=ジョイ・ウワジェほか

あらすじ:詩人で剣豪のシラノ(ジェームズ・マカヴォイ)は醜い容姿にコンプレックスをかかえながらも美しいロクサーヌ(アニータ=ジョイ・ウワジェ)に恋をする。自分の思いを届けるために一計を案じ、友人クリスチャンを表の顔にし、ロクサーヌに近づける。

 

磯貝:私は『シラノ』が大好きで、ジェラール・ドパルデュー主演の映画版も好きですし、あと緒形拳さんが一人芝居をやってらっしゃってそれも観ましたし、あと松竹でやってたブロードウェイ版も観ましたし好きなんですよ。『シラノ』は劇的な要素がもうフルに詰まっていて、自分の容姿についてのコンプレックス、知的なコンプレックス、そこから生まれる取り違い、勘違い、で、戦争があり引き裂かれる。で、悪巧みをするやつが出てくる、ロクサーヌはずっと勘違いをしてる。観客をハラハラドキドキさせて、ものすごくドラマチックな世界に連れてってくれる。本当に古典の名作中の名作だと思うんですよね。ただ、私、出演させてもらったこともあるんですけど、一点だけ現代とマッチしないことがあって、それは、詩を吟ずるってことなんですよ。

 

島崎:ああ、なるほど、違和感ありますよね。

 

磯貝:窓辺に立って、暗闇から鼻が大きなシラノが、美青年に成り代わって詩を読む。で、ロクサーヌが「まあなんてすてき。お願い、あがってきて」って、わかるんですけど、それって古典じゃないですか。いまどき窓辺で詩を詩を吟ずる男がいたら――

 

島崎:やばいですよね(笑)

 

磯貝:ロマンチックではあるんだけど、そこでどうしても古典ってフィルターがかかっちゃうんですよ。『シラノ』は剣と同時に言葉でのやりとりもする、それをですね、なんとこの『シラノ』はラップ対決にするっていうこの発明(笑) この発明のすごさ。これはしびれました。

 

島崎:ほかの『シラノ』でもそういうのはないんですよね。これが初なのかなあ?

 

磯貝:この演出は初なんじゃないですかね。これを現代のなにに置き換えるかっていうと、ラップバトル(笑) すごい、これをラップバトルにしてるんですよ。どうしても、シェイクスピア劇もそうですけど、剣が出てくるじゃないですか。『ハムレット』もそうなんですけど、剣で闘うシーンが出てきて、それが出てきてしまった瞬間、いまの話じゃないなって引き離されちゃうんですよね。だからといってハムレットが最後、ピストルで闘っちゃ味気ないんで。

 

島崎:全然、雰囲気出ないですよね。

 

磯貝:剣で闘わないといけない宿命なんですよ。だけどこのシラノはマイクで闘うっていう(笑) このことを思いついた演出が素晴らしいと思って。あとこれ、かっこいいんですよ。

 

島崎:そう、かっこいい。僕、最初『シラノ』でラップバトルをやるって聞いたときに「大丈夫か?」って思ったんですよ。「ダサくならないか?」って不安があって(笑) そんなわけないんですけど。で、観たら、あ、かっこいいんだって。

 

磯貝:そしてもう、鼻なんかつけなくていいんですよ。

 

島崎:そうそう!

 

磯貝:本人が、自分はイケてないと思い込んでるっていうことだけでいい。本人は、もう俺はダメなんだって思ってるから。それも演出の妙でいいですよね。これすごい発明だったと思います。

 

島崎:舞台もすっごい簡素で、マイクだけがあってそれを使うっていう。上手いですよね、見せ方がすごい。

 

磯貝:誰もが知ってる古典だっていう前提にたった演出だと思うんですよ。初めて観た人はなんだかわからないこともあるかもしれない。だけど欧米で『シラノ』知らないなんてことはたぶんありえなくて、日本で浦島太郎をみんなが知ってるぐらいみんな知っているので、その上でのあの簡素なセットで。見てるうちに、あ、ここいま戦場に来たんだなということがこっちはわかる。カフェみたいなところでシラノが入り浸ってて、そこでコーヒー飲んだり、みんなで詩の会とかやったりするんですけど、いまそこのシーンなんだろうなとか、そういうことがわかるので。あと、あの人たちラッパーじゃないんだけどラップ的なセリフ回しがすごく上手で、たぶんすごく練習したんだろうなとか(笑)

 

島崎:NTライブはイギリスの舞台だから、英語をちゃんと発音してくれるじゃないですか。それがすごく心地いいですよね。意味がわかんなくても、音だけ聞いてても楽しいって感じがありますよね。

 

磯貝:いままで観てきた『リア王』だったり『コリオレイナス』とか『ハムレット』とか、古典ですよね、それをどうアレンジしてるのかっていうところが勝負になってくる部分があって、うまくいってると納得させられるんだけど、なんとなくもうパターンも決まってて、あ、1930年代ぐらいの設定でやるんだなとか。

 

島崎:ここに置き換えたのね、みたいな。

 

磯貝:むかし『間違いの喜劇』をイギリスのストラトフォード=アポン=エイヴォンで観たんですけど、それはイタリアン・マフィアに置き換わってたんですよ。なんかそういうのってどう置き換えるか勝負みたいなところがあって、だからこの『シラノ』もそういうことかなと思ったんですけど、なんかもうちょっと捕(とら)まえ方が根底から違うというか。現代っぽくしたというよりは、そこだけにフォーカスを当てたみたいな。ラップバトルですこれは、言葉でこいつは闘うんです、言葉が剣なんです、かっこいいでしょ、みたいな。

 

島崎:『シラノ』を知らない人が観たら、元からこういう話なんだなと思いますよね。ラップの話なんでしょ、みたいな。

 

磯貝:あ、かもしれないですね。そして、最後の最後にやっと、あれはあなただったのねってわかった瞬間に死ぬっていう、もう完璧ですよね。戯曲としては完璧ですね。なにもかもの要素が詰まっていて、ドラマチックで、絶対お客さんにカタルシスを与える。お客さんが最後にハラハラして、「ロクサーヌ気づけ、ロクサーヌ気づけ」って。本当に名作中の名作をこのようにしたんですねっていう。これ、オリヴィエ賞もとってるんですよね。

 

島崎:ベスト・リバイバル賞ですよね。本当にすごい。ちなみにつぎは僕の2位なんですが、たぶん磯貝さんの1位とかぶってるんで(笑) 後回しにしますね。ということでつぎは僕の1位。

 

<島崎町の第1位>

『リーマン・トリロジー』

作:ステファノ・マッシーニ

翻案:ベン・パワー

演出:サム・メンデス

出演:アダム・ゴドリー、サイモン・ラッセル・ビール、ベン・マイルズ

あらすじ:2008年に倒産した金融会社リーマン・ブラザーズの創立から破滅までを描く150年の歴史物語。ドイツからアメリカに渡ったリーマン3兄弟は、小さな雑貨店から業を起こし、形態を変えながら会社を巨大化させていく。しかし金のために金を使う経営はしだいにほころびを見せはじめ……。

 

島崎:ほかの順位はすごく迷ったんですが、1位は『リーマン・トリロジー』しかなくて。めちゃくちゃ好きなんですよ。4回くらい観ましたけど(笑)

 

磯貝:すごい観てますよね(笑)

 

島崎:なにがいいか一言で言うのは難しいんですよ。たとえば役者3人で全部演じて、セリフもト書きのような語りも全部3人で表現する、それもすごいと言えばすごい。あと音楽は舞台横でピアノの生演奏、舞台と連動してる、すごい。舞台も箱のような装置でまわりながらシーンが変わっていく、すごい。本当に演出のサム・メンデスすごいね、なんですけど、それら1つ1つ単独じゃなくて、なんか総体としての『リーマン・トリロジー』、彼らの150年の歴史をまんま観てる、体感してる感じがあって、そこに打ちのめされましたね。で、4回観てると、今回は1幕目を重点的に観ようとか――

 

磯貝:なるほど、そうかあ(笑)

 

島崎:分けて観てて。最初のころ観たときは、1幕目と2幕目がすっごく面白くて、3幕目観るたびに疲れてたんですよ。

 

磯貝:3幕目はちょっとつらいですよね、展開も(笑)

 

島崎:1幕目2幕目はリーマン3兄弟が成りあがっていく展開で盛りあがるんですけど、3幕目は「暗黒の木曜日」をきっかけに落ちていくんですよね。だから毎回僕、3幕目疲れてるなあと思って。で、今回の「アンコール祭り」のときにじゃあ3幕目をちゃんと観ようと思って。2幕目までを流してみようと思って。

 

磯貝:そんなことできるんですね(笑)

 

島崎:でも「アンコール祭り」はじまって1回目観に行くじゃないですか。やっぱり面白すぎて(笑) がんばって真剣に観ちゃって、やっぱり3幕目疲れた、みたいな。あ、まずいまずいと思って。で、合計4回目、この「アンコール祭り」では2回目のときにちゃんと3幕目観たくて、もう寝ててもいいから1、2幕目はぼけーっと観て、それでも面白かったんですけど、3幕目を集中して観て、あ、やっぱり3幕目も面白いんだなと。やっぱり全部完璧だったんだなと思いましたね。

 

磯貝:ちょっとしたもう、大河ドラマですよね。私はこれをみて、アメリカの経済の歴史の勉強になりました(笑) 移民の人がいて、裸一貫でちょっとした商売からなんとかあがっていく。その間にはいろんなできごとがあって、もうトップまでのぼり詰めたにもかかわらず、最終的には孤独なまま終わっていくという。やっぱ3代目で家業潰すんだ、みたいな(笑)

 

島崎:(笑)

 

磯貝:それもある意味ドラマの定石といえば定石なんですけど。これを芝居にしようと思った人がまずすごいなと思いますよね。

 

島崎:すごいですよね。僕、原作の本買ったんですよ。

 

磯貝:すっごい分厚い本じゃありませんでした?

 

島崎:そう、箱みたいにぶ厚い本で。まだ序盤読んでるんですけど、舞台の『リーマン・トリロジー』211分で描かれたことの何十倍も細かいことがたくさん書いてあって。だから逆にえらいと思いました、脚本家が。よくこれをこの尺におさめたなって、すごい感心しました。

 

磯貝:他のNTライブの『夜中に犬に起こった奇妙な事件』もそうなんですけど、いまのテクノロジーとの融合の仕方がうまいですよね。『リーマン・トリロジー』はうしろに出るじゃないですか、戦争のシーンとかうしろにぶぁーっと。芝居観ててよくあるでしょ、映像出るパターンが。

 

島崎:僕あまり好きじゃないんですよ、ふだんは。

 

磯貝:実は私もそうで、なんでここでこの映像観せられたのかな、みたいになることが多くて。だったら舞台でやってくれよって思っちゃうんですけど、『リーマン・トリロジー』は、あのボックスのようなガラスのようなセットのうしろ側で、この3人を取り囲んで映像が流れていくので、外でこんなことになってるときにガラスの中でこんなことになってるっていう、それこそメタフィックな、社会といまこの家族、このビジネスが、表と中で二重になってこっちには見える仕組みになって。そういういまのテクノロジーが必然としてうまく取り入れられてますよね。『夜中に犬に起こった~』もそうなんだけど、単純に映像かっこいいから出しちゃおう、じゃなくて。

 

島崎:必然ですよね。技術の見せびらかしじゃないんだなって。

 

磯貝:あとこれイギリスのナショナルシアターじゃないですか。それがアメリカのことをやってるのが面白いですよね。

 

島崎:批評的、批判的にアメリカを見てるんですよね。でも原作はイタリアの人が書いてる。イタリア人が小説を書いて、イギリスの人が舞台にして、アメリカのことを語るっていう。いろんな世界がかかわってる。で、いまブロードウェイで『リーマン・トリロジー』公演してるっていう。

 

磯貝:あ、そうなんだ。

 

島崎:NTライブって長いやつは休憩入るのが多いじゃないですか。僕、リーマン・トリロジー観たときに、あ、休憩があると思って、すごくうれしくなって。211分長いなあと思ってたから、事前に休憩があるってわかって。で、実際に体験したら、休憩が楽しくって。休憩中もスクリーンに劇場の客席が映ってるじゃないですか。

 

磯貝:そうそう、ざわざわざわってしてて。休憩あと何分ですって。

 

島崎:タイムリミットみたいに時間が表示されてるんですよね。あの休憩の感じもなんか、すごく楽しくて。ロンドンのお客と一緒にいる感じがすごいして、しかも『リーマン・トリロジー』は休憩が2回ある。これはお得だと思って(笑) ということで、じゃあ磯貝さんの1位は――

 

<磯貝圭子の第1位><島崎町の第2位>

『橋からの眺め』

作:アーサー・ミラー

演出:イヴォ・ヴァン・ホーヴェ

出演:マーク・ストロング、フィービー・フォックスほか

あらすじ:ニューヨーク港で働くエディ(マーク・ストロング)は姪(フィービー・フォックス)を溺愛しているが、不法移民のいとこを家に泊めるようになり、姪はいとこと恋仲になっていく。エディの中で抑えきれない感情がふくれあがっていく。ついに。

 

磯貝:私の1位はもう『橋からの眺め』ですね。いや、戯曲がたくみですね。びっくりしますね。まずびっくりするのは、これは戯曲どおりなんですけど、最初に弁護士が出てきて話すんですよ。観客と、演じ手が起こすドラマの仲介人として弁護士を置くっていうのが今回の作品のミソ。で、あの弁護士の話によって、この人が一生忘れられない悲劇が起こるんだなってことが伝えられたうえで観るじゃないですか。

 

島崎:僕もそういうふうに観ました。

 

磯貝:そのこと自体もすごくブレヒト的な、先にこういうこと起こりますよって言ってから見せるっていう。で、どれが悲劇なのかわからないんだけど、悲劇の臭いしかしないんですよ冒頭から(笑)

 

島崎:そうそう(笑) 最後悪いことが起こるんだなってことはわかる(笑)

 

磯貝:どのタイプの悲劇なのかわからないから、エディが姪っ子を愛してるってことが問題? とか、突然、奥さんのいとこが不法移民で来るってことが問題? とか思う。しかもそれが同じ日に設定されてて、エディが家に帰ってきたら姪っ子ちゃんがミニスカートはいて「わたし、家から出たいの」みたいな。

 

島崎:「就職しちゃった」みたいな。

 

磯貝:そう。そのことにエディは怒ってて、事件の臭いしかしないじゃないですか。そこに不法移民のいとこ2人が現れて、なんか1人はめっちゃ金髪のイケメンで(笑) これが事件なの? と思ってぐいぐい観ていって、だんだんと煮詰まっていて、で、沸点の直前に別のフックが出てくるじゃないですか。悲劇を巻き起こす当人が、あのイスを持ちあげた男だとは思ってないわけですよ(笑)

 

島崎:不法移民でやって来た兄の方ね。イス持ちあげてましたねー。変なシーンだなーと思いました(笑)

 

磯貝:がーっとイス持ちあげちゃって、私笑っちゃって。これなんだろうと思って(笑) どういうこと? って思って。私、エディがなんかしちゃうんだろうなと思ってたんです。それか、姪っ子とあの金髪の男がなんかしちゃうのかなとか。それか奥さんが、とか思ってたら意外な展開(笑) イス持ちあげた男が、それまでわりと存在感を消してて無口っぽく振る舞ってたのに、そこがキレちゃうんだと思って。

 

島崎:そう。あいつか! って。

 

磯貝:そっからの後半の怒濤の展開で、沸点がもう、ぐあーってなって、もうこれはっていうところで案の定悲劇が起きて、血のシャワーが降って。

 

島崎:そのビジュアルもすごいんですよね。

 

磯貝:すごい。人間の中に潜んでいる、疑いだったりとか嫉妬だったりとか、そういうものをチラチラ小出しにしながらも、それが起こるべくしてそのように起こるっていうふうに持っていってるこの戯曲のすごさ。そしてそれを、すごく繊細でソリッドな、余計なもの削ぎ落とした演出で見せる。これも『シラノ』と似てるんですけど、空間が箱だったじゃないですか。出口が一個しかなくて、ただのなにもない空間。そこでそれをやりきる俳優たちのすごさ。で、最初に言った弁護士なんですけど、ときどき出てきてエディにちゃんと忠告したりする。弁護士ですっごく驚いたのが、イス持ちあげた男が殺しにやって来るところか、移民局の取り締まりが来るところだったと思うんですけど、そこでト書き的なセリフを読みはじめるんですよ。

 

島崎:ト書き的なセリフを読むってどういうことですか?

 

磯貝:状況説明ですね。弁護士が、「ドアをノックする音がする!」って言いはじめるんですよ。私、なにがはじまったんだ? と思って。「だれかがドアをノックしてる!」「大変だ、エディはこう思った」とか突然。

 

島崎:あ、そうそう。弁護士が中に入りはじめるっていうか、ありましたね!

 

磯貝:俳優たちは実際にドアをドンドンってできないんですよ。ドアはただ穴が空いてるだけなので。だけど緊迫感があって、そこでなにが起こってるのかは説明しなくちゃいけない。そこでこの演出家が使った手が、弁護士にト書き的なセリフを言わせるって(笑) それすごいびっくりして。しかもそこ、出来事がクライマックスに近づいていくから加速していきたいんですよ。弁護士も観客と同じ気持ち、ヤバいって気持ちで「ドアたたく音がする、マズい! 時間がない、どうするんだ?」みたいな感じで煽っていく。これ思いついた演出家は天才と思って。で、その沸点のところにちょっとずつ油を注ぐように、必要な状況だけを説明するっていう役割も担ってるあの弁護士のすごさ。でも、事件のあとの顛末書を読んでるようにも思えるんですよ。

 

島崎:そうですよね。時制的には、むかしこういうことがあったよっていう出だしですよね。

 

磯貝:そういうはじまりだから、この人がストーリーテラーで、説明をしてる人にも見えるんですけど、ト書きみたいなことを言いはじめるっていうことも驚きで。そういう位置づけのうまさ。当事者ではないけれど、弁護士として実際にかかわってはいるけれど、客観的に見てた人であって。だけどなぜかあの殺戮の現場には弁護士も入って一緒に止めてるんですよ。

 

島崎:そうそう、一緒に血を浴びてましたよね。

 

磯貝:観客と演じてるものの間にあの人を置いてる。それは新しい手法ではないので、そういう手法はあるとは思うんですけど、それをうまく使って緊迫感とかを煽っていて、それがすごかったですね。演出のイヴォ・ヴァン・ホーヴェさんのすごいところが、あれだけ複雑な人間関係をあの白い真四角な空間の中にうまく配置してるんですよ。エディがいて、奥さんが入ってきたときに、エディと距離をとるのか近づいてくるのか、その一発だけで、いま相手に対してどう思ってるのかわかるんですよ。最初のころ、あの姪っ子ちゃんはエディ見たら飛びついてね。わあ、なんだこれって思ったんですけど。

 

島崎:そう(笑) 過剰なベタつきなんですよね。

 

磯貝:すごい距離が近いんだけど、後半になるにしたがって、エディがいるとどんどん避けるようになって、遠くに行くようになって。で、金髪の青年と姪っ子ちゃんが2人きりでいるときは密なんだけど、エディが入ってくるとバッと分かれる。あとそこに奥さんがいてとか――

 

島崎:複雑な位置関係になるんですよね。

 

磯貝:その位置取りが完璧。位置取りだけを観ていても、いまこの人間関係の中で誰と距離を置きたいのかとか、誰に対してなにか言いたいのかとか、そういうのがすごくわかるミザンスの組み方になっていて、それが美しいんですよ。とにかく美しいんですよ。

 

島崎:音を消して観ても、どういう関係なのかがわかりますよね。

 

磯貝:それともう一個は、エディの奥さんが最後の最後ですよ、絶対にあいつが復讐しに来るってみんなわかってるから、なんとか夫の命を助けたいがために、絶対に口には出さなかった一言を言うじゃないですか。

 

島崎:あなたあの子のこと好きなんでしょ、みたいなね。

 

磯貝:その瞬間エディがね、おまえそんなこと思ってたの? ってわりと本当に驚きしか出さない表情で。おまえそんなふうに思ったの? そんなこと思ってたの? っていうイノセントな表情一発で観客は、やばい誤解してたのかも、愛してたっていうのはそういう愛してたじゃなくて、本当に姪っ子のことがただ心配だっただけなのかもしれないって思う。あのイノセントな表情一発で、あれはどうとでもとれるんですよ。

 

島崎:そっかあ。

 

磯貝:図星だったからギクってなったともとれるし、え? ずっとそれ疑ってたのおまえ、っていうふうにもとれるんですよ。だから私、その一発にすごいざわっとして。もしこれがね、我々観客もふくめ、奥さんも含め、まわりの人も含め、全部が誤解だったら――

 

島崎:それこそすごい悲劇ですよね。

 

磯貝:それなのに、その瞬間エディは刺されて血のシャワーが降ってくる。その見せ方の妙、その仕事ができる俳優のスキルの高さ。

 

島崎:そっかあ。僕はそのエディの顔が「真実を言われちゃった」みたいな感じの素の顔だと思ってたんですけど、そっか、そういうふうにもとれるんだ。

 

磯貝:どっちにも取れるような気がしてて、そこがうまいですよね。で、家族の中の話なんで、なんとなくみんなにも雰囲気がわかるじゃないですか。あと当然その当時の社会背景もある。だから『リーマン・トリロジー』とこれをセットで観ることをオススメしますよね。移民の人がいかに苦労して自分たちの居場所を作っていったかわかるじゃないですか。

 

島崎:『リーマン・トリロジー』は成功してトントン拍子みたいな話なんですけど、それは光りの部分で、本当に一握りの成功で、その背後にはめちゃくちゃ影があるんですよね。『橋からの眺め』で、エディが波止場の仕事でコーヒーの積み卸しをして帰宅して、家族に「コーヒーの匂いがする」って言われるじゃないですか。『リーマン・トリロジー』では途中、リーマン兄弟がコーヒーの売買で儲けるシーンがあって、それを思い出しました。

 

磯貝:ありましたね!

 

島崎:あの巨額な儲けの背後にはね、こういう人たちがたくさんいて――

 

磯貝:実際に船からコーヒーを積み卸ししてる人がいる。タイトルがまた『橋からの眺め』っていうのがいいですよね。

 

島崎:どういう意味なんでしょうね 。

 

磯貝:なんでしょうね。冒頭の弁護士のセリフの感じから言うと、港の周辺でなんとかここで暮らしていこうとして頑張ってる人たちのある1つのケースを橋の上から眺めている。

 

島崎:俯瞰でね。

 

磯貝:その橋はブルックリンの橋なのかもしれないし、船と陸地を繋ぐ橋なのかもしれないんですけど、こういう濃密なものを見せられたあとに、映画でいうと一気にドローンで俯瞰になったみたいな感じのタイトルですよね(笑)

 

島崎:(笑)たしかに不思議なタイトルですよね。

 

磯貝:なんか意味があるのかもしれないので、今度調べてみよう。

 

島崎:まったく隙のない、カチッってすべてがはまった舞台で、完璧じゃんって思いました。

 

磯貝:ほんと完璧じゃんって感じですね。隙がないですね、硬いですね。カッチリっていう感じですね。

 

島崎:いまNTライブは東京で新作やってますよね。

 

磯貝:ああ、『ジェーン・エア』とか。

 

島崎:観たいですよね。

 

磯貝:『ジェーン・エア』なんてもう、観たいですよね(笑) 『十二夜』もありますよ、『メディア』も。このラインナップは札幌ではやってないですもんね。

 

島崎:好きな人はすごい、Twitterでもつぶやいてたりするけど、一部がすごい熱いんだけど、広がりがなくて。あんまりみんな観ないのね、みたいな感じなんですよね。札幌でも。

 

磯貝:そうですよね。えーこんな面白いのに。

 

島崎:もっとたくさんの人に観てほしい。2022年に札幌でまたNTライブ観られることを願ってます!

2021年12月

文章まとめ:島崎町

 

<プロフィール>

磯貝圭子

札幌座所属俳優。新ひだか町三石生まれ。静内高校時代に演劇部で活動。高校卒業後 北星学園女子短期大学英文科に進学。札幌ケーブルテレビジョン(株)に入社しアナウンサー・レポーター・番組の企画制作の仕事に従事。その後フリーの司会者、レポーター、ナレーターとして活動。斎藤歩が主宰していた「A.G.Sスタヂオ」のワークショップ生として再び演劇と出会い、劇団TPS(現札幌座)発足と同時にメンバーとなる。また、小学校、中学校、高校、一般向けの演劇ワークショップ講師としても活動。

 

島崎町

作家・シナリオライター。学生時代からシナリオライターとして活動し、主な作品に短編映画『討ち入りだョ!全員集合』(2005年)、連続ドラマ『桃山おにぎり店』(2008年)など。『学校の12の怖い話』(2012年/長崎出版)で作家デビュー。長編小説『ぐるりと』(2017年/ロクリン社)は本を回しながら読むファンタジー。最近はYouTubeで「変な本」を紹介中→ https://www.youtube.com/channel/UCQUnB2d0O-lGA82QzFylIZg

text by 島崎町

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