昨年11月にシアターZOOで上演されたお芝居がサンピアザ劇場で再演された。
「今日10時に自殺する」という、てんかん持ちの娘ジェシー(小沼なつき)とその母(竹江維子)の10時までの90分弱の物語だった。ジェシーは30代~40代の設定か。
母娘でありながら、それぞれの長い人生を振り返ると、お互いにいわなかったこと、いってはいけないことがたくさんある。それを口にした途端、ちょっとしたことでも「なぜ教えてくれなかったの?」と責め口調になり、口論になり、やがて諦めに変わる。このお芝居は、そんな過去と現在のエピソードが折り重なって展開していく。
劇場に入ってまず驚いたのは、舞台にソファやテーブル、椅子、流し台、食器棚、冷蔵庫などがあたかもアパートの一室であるかのようにセットされていたことであった。しかも、飴やゼリーと思われる食品類も揃っていた。舞台中央奥に設えられた隣室に通じるドアも重要な小道具だ。サンピアザ劇場で、これだけ整った小道具の数々を見たことがない。
たとえば、このお芝居は、二人の女優が四角い箱のような簡単なセットの中で会話をしても成立するお芝居のひとつだろう。しかし、小道具があることで、二人の生活の場が明示され生活感が醸し出され深みが出る。だから台詞が活きる。そして観客を引き込む。
もちろん、小道具が整っていても役者が下手であれば興ざめである。その点、座・れらの二枚看板ともいえる竹江維子さんと小沼なつきさんなので安心して観ることができた。いや、本当にうまかった。押したり引いたりの台詞は、役者さんが心の底からそう思わないと観ている者には伝わらない。二人のお芝居にはあうんの呼吸が感じられ、それだけ緊迫感が伝わってきた。
緊迫感といえば、もうひとつ重要な小道具があった。時計である。
舞台左手に掲げられた時計は、一見、ハリボテの時計かと思った。時は8時35分頃だったろうか。途中で何気なく時計を見ると時間が進んでいることに気付いた。そしてそのとき、『10時まであと◯分…』と、急激に緊迫感が増した。思わず唸らせる小道具の使い方であった。
女性の演劇なので、うまく感情移入できるかどうか心配だったが、その心配はまったく無用だった。これも二人の役者さんのおかげであろう。母と娘の関係は、父と息子の関係と違って、かくも微妙な気遣いやすれ違いを内包しつつ続いていくのかと思わされた(一般論ではないにしても)。他方で、男というのは気楽なものだと、心の中で苦笑せざるを得なかった(反省を込めて)。
蛇足ながら、観劇前、演出家に「ZOOのときよりパワーアップしてます。どうぞお楽しみください」と声をかけられた。ZOOでの上演を観ていないのでどこかどうパワーアップしたのかは分からない。
ただ前回よりも演出上の工夫を凝らしたのであろうし、自信作であったに違いない。それに比べて、観客が驚くほど少なかったのは残念だった(コロナ禍で仕方ない事情はあったとしても)。
上演時間:83分
2022年2月11日11時
サンピアザ劇場にて
座・れら『おやすみ、母さん』(原作:マーシャ・ノーマン、日本語台詞・演出:戸塚直人)
text by 熊喰人(ゲスト投稿)