不在を想う 村川拓也『ムーンライト』&第1回hitaru劇評入門

私の場合、「不在の人」の人物像を形作るのは言葉である。どういう性格だったか、どういう経歴なのか。はたまた、その人を語る人にどういう影響を与えてきたか。誰かを語る時、その人を思い浮かべるとか、自分の中でその人との思い出を反芻しているといった、どうにかして「不在の人」(亡くなった人でも、目の前にいない人でもいい)を伝えよう、みたいな気持ちが芽生えると考える。それが演技だとしても、観客に舞台上の「不在の人」を伝えるために、何らかの心の動きとか、「不在の人」を指し示す何かがあるのではないだろうか。しかし、この『ムーンライト』の「不在の人」は、初見の私にとって、最後の映像が出てくるまで実を結ばなかった。

本作は、元朝日新聞記者で、病気で視力を失いつつあった中島昭夫さんが主人公だ。中島さんの生涯を、作演出の村川拓也がインタビューすることで紹介していき、何かの出来事の中でポイントとなった曲をピアノの生演奏で聴かせる-という内容。中島さんは、2018年の京都初演、2020年の東京再演で出演していたが、2021年にお亡くなりになった。だから再々演の今回は、中島さん「不在」のまま村川がインタビューし、中島さんが語るであろう部分は無言、その空白に村川が応える、といったやり取りが繰り返される。私は、先に公表されていた経歴とかパンフレットに書かれていることなどを除き、中島さんという人を全く知らない。だから、京都のご出身だから京都弁なのか? 高い声なのか低い声なのか? さらっとギャグを言っちゃうような明るい人なのか? など、空白の時間にいろいろと考えを巡らせたが、残念ながら、中島さんの人物像が形にならなかった。ラスト、中島さんがまだ少し目が見えていた時のピアノ演奏の映像が流れる。そこでやっと、不在の中島さんをほんの少しだけ知ることができた。とはいえ、『ムーンライト』という作品が、観客にとって「わかりやすい・わかりにくい」という区分けをしているのではない。この札幌公演は、京都・東京公演を観たことがある人にこそ観てほしかった舞台だったのでは?-と思いが日に日に強くなっている。

実は、『ムーンライト』を観る前に、初演・再演を観た人の感想を読んでいた。初演・再演では、中島さんと中島さんにインタビューする村川のやり取りが繰り返された。中島さんは、話の流れが設定されていても、毎回、脱線することもあったという(2回観て、中島さんの話が結構違った、と書いていた人がいた)。それでも、中島さんが「月光」を途中までしか弾けないくだり、そこからの「昔の映像がある」と話すまでの流れは間違いなく演劇作品だ。中島さんはいわゆる演劇の「素人」だけれど、決まったセリフを言う場面があった。中島昭夫さんという人物と、演劇で演じている「中島さん」という人の合間を思うと、この『ムーンライト』はとてつもなく面白かったのではないか、と妄想している。

 

嬉しいことに、観劇の翌々日に行われた「第1回hitaru劇評入門」にご招待いただいたので、「聴講」という立場で参加した。講師の佐々木敦さんの文章(主に書評)をいくつも読んでいたのと、私はむしろ佐々木さんを「音楽レーベルHEADZの人」と捉えていたので、どんなことを話すのかなと楽しみだった。

話の内容としては、『ムーンライト』と村川拓也についてが8割、「劇評とは」という話が2割。佐々木さんは、村川について語る中で『ムーンライト』の再演映像の一部と、村川が最初につくった演劇作品『ツァイトゲーバー』の映像の一部を紹介した。ここでまた、「中島さんという人をもっと知りたかったな」という気持ちと、「ツァイトゲーバー、最後まで観たいぞ」という気持ちが湧き上がった。いや、ほんとうに、観劇前に中島さんを知るすべはなかったのだろうか。

話を劇評入門に戻す。

佐々木さんは「札幌公演が初見となる人が、この作品をどう思ったのかを知りたい」「この作品を劇評入門の第1回に選んだのはなかなかすごい」という内容のことを話していた(いずれも、激しく同感)。再演を観ている佐々木さんの、札幌公演への感想は、再演がベースになるから、不在の中島さんに思いを巡らせる部分がとても多く、言葉が豊かだった。だから、佐々木さんの感想を聞いて、『ムーンライト』ってこんな感じ?という「基礎」ができたような感覚がある。

劇評入門のお題が、『ムーンライト』を観て劇評を書く、だったからしようがないのだけど、私は「劇評とは」の話をもっと聞きたかった。作品と自分の感情の間にあるものを考え、なぜそう感じたのか、思ったのかを書くというのは高校演劇の講評と同じだなぁと思った。

参加して気付いたのだが、「受講」の人は講座後に劇評を書くことになっていた(劇評を書いてから、講座に挑むものだとばかり思っていた)。もし、先に劇評を提出して、その場で佐々木さんが感想を言う、という順番になっていたら、「札幌公演が初見となる人が~」の部分について、その場にいた人たちも「こういう風に観たのか」という感想を共有できたのにな、と思う。だた佐々木さんは、「受講」として参加した人たちの劇評のうち、面白いと思った劇評を何かの形で読めるようにしてほしい、と話していたから、いつか、どこかで読めるのだろう。※とはいえ、「受講」の人は書いた劇評にひと言感想をもらえるけれど、それ以上のプラスになるものはなかったのだろうか。なんとなく、「受講」のありがたみが感じられなかったのは私だけ??

次の劇評入門のお題は、山海塾の舞台(これも、なかなかハードルが高い)。講師が「〈現代演劇〉のレッスン」にも書いている岩城京子さんということなので、ちょっと話を聞いてみたい。

 

『ムーンライト』 2022.5.28 クリエイティブスタジオ

「第1回hitaru劇評入門」2022.5.30 クリエイティブスタジオ

text by マサコさん

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