中高生は観てくれたのか?  演劇家族スイートホーム『はんめんせんせい!』

脚本:髙橋正子                                          演出:髙橋正子・山田雄基

軽い気持ちで理科教育設備費等補助金を部活のために使った教師の安井(菊地健汰)。それを保健室通いの生徒である雪村(横山貴之)に知られてしまう。教育委員会にばらされたら職を失ってしまう。口止めの対価として授業に出ないまま卒業できるようにしてくれと、教師が生徒にゆすられる物語。

高校時代、数学の問題が書かれた黒板の前に立つが何もできずに立ち尽くす同級生。精神状態を分かろうともせず、やる気がないなら席に戻れと促した生徒からは人気のある先生。先生にとっては何でもない一言が生徒を深く傷つける。俺はあんな先生にはならないと志を立てる主人公であったが、いざ教師になってみると仕事に追われ志を忘れてしまう。しかし保健室登校の生徒に接するうちに、過去の自分(三浦滉大)が、あの数学教師(山田雄基)が、志を見失った現在の自分を冷たく突き刺すような目で見るのだった(三浦さんは失望したような、山田さんは人格を疑うほどの冷たい視線!)。

2回観た(それでも記憶違いはあるのでご了承ください)。

約65分の物語。舞台装置は教室の机と椅子といったシンプルなもの。場面転換では暗転は少なく、ほぼチャイムと照明効果で行われる。それと体育祭の応援風景で。

横山さんが一人二役。安井の高校時代の同級生と現在の生徒雪村。ビジュアル的にはメガネで違いを出していた。そして表情。といってもなかなか気が付かずボクは混乱する。観客は一人二役と気が付くまで時間がかかり、その間良い具合に違和感を持つ。その違和感を狙っての暗転を使わない演出だったのだろう。

雪村が保健室登校をする理由は本人にも分からない。家庭に問題もなく、これといった原因が見当たらない。理由のない不安なんて思春期には多かれ少なかれあると思う。ボク自身の一例としては夏休み明け、教室に向かう階段の途中「あれ、教室にオレの居場所はあるんだろうか?」と漠然とした不安にとらわれたことがあった。理由は分からないが、そんな不安が大きくなるかどうかは紙一重のところもあるのだろう。そんな不安に的確な対応が出来る訳もなく、安井の説得もむなしく雪村は休学を決めるのだった(ただ熟慮の末の決断だったので雪村の表情は晴れやかだ)。

内容は重いが爽やかなラストになったのはクラスメイトの秋間(本庄一登)の存在が大きい。クラスに友達がいない雪村を気遣い、体育祭の打ち上げには参加せず一緒に帰ろうと言う。お調子者ではあるが「さりげない優しさで良いな」とボクは思った。

秋間の「卒業してからの人生の方が長い」というセリフ。ツイートによると「最後にはいいとこ全部持っていく」(本庄)だったらしいけれど、個人的には主人公の安井が最後しっかり持って行った感があった。雪村の休学を止められなかった安井は「何かあったら何時でも来い」と言う。ドラマチックでもなんでもない、ともすれば社交辞令になってしまうセリフだが涙腺を刺激された(2回目の観劇時)。どんなに先生が頑張っても一人一人の生徒を理解することなどできるはずもない。理想と現実のギャップでもがいた末のセリフ。出来ることといったら生徒を信頼することと、気にかけているよ、何時でも力になるよと相談しやすい雰囲気を発し待つことだけだろう。どこまで気持ちが届いているか分からないまま。

そして物語に軽みを与えたのは事務員の吉川(竹道光希)の存在だ。安井と雪村、結果を見れば二人のステップアップには互いの存在が必要だった。その二人を結びつけたのは安井に好意を持つ吉川だった。悪意なく補助金を流用してしまった安井に隠ぺいのアドバイスと称し近づき、その現場を雪村に見られたことが物語の発端である。補助金の流用があっても吉川の恋心が無ければ物語は始まらなかったのだ(安井が志を忘れきっていなかったのは話の前提。だからこそ好かれたのか?)。それにしてもツンツンと恋心を隠しながらもダダ洩れといった吉川のキャラクター、演出と役者の間でどのように作り上げられたのか興味のあるころである。

何が功を奏するか分からないのが人生。ちょっと毒をブレンドして物語を描く。今作は是非中高生に観てもらって感想を聞いてみたいところだが、残念ながらボクの視界に中高生らしき人は入らなかった。人生の糧となるような心に残るものがあると思え、もったいない気持ちでいっぱいなのだが・・・。

※学年主任の榎本を演じた木山正大さん(RED KING CRAB)は今作が最後の芝居(予定)だったが、心残りがあるということで撤回された。多くの人が惜しんでいたので嬉しいニュースとなった。「生徒の話をもっと聞いてほしい」という安井に「生徒数260人で登校日数は1年205日。圧倒的に時間が足りない。身近な安井先生に話さないなら私にも無理でしょう」と安井を奈落の底に突き落としたのは圧巻だった。舞台からはける直前に見せた「私だって出来るものなら何とかしたい」といった表情も・・・。                        諸事情により芝居の機会は多くはなさそうだが、それでも観客は待っている。きっと静かに次の機会を待っている。

2022年10月9日(日)13:00・17:00 演劇専用小劇場BLOCHにて観劇

text by S・T

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