正統、異端、それから。 北星学園女子高校演劇部『甘味、酸味、それから。』

作:長千晏 演出:吉宮あい/長千晏

兄(昌)は事故死し、コロナ禍で義理の姉(光華)が営む喫茶店は経営悪化。何とか義姉の力になりたいともがく大学生の弟(明人)の物語。昌は酸味の効いた、明人は甘未の強いクランベリーソースを好む・・・。

北星学園さんのホームページを見ると、宣教師であり創立者のサラ・C・スミス氏が出てくる。札幌の女学校といえばクエーカーの新渡戸稲造先生が何か関係していたな・・・と徐に本棚から『明治の人物誌』(星新一)を取り出す。新渡戸氏が遠友夜学校の校長になられたくだりから「札幌には女子教育機関として、アメリカ女性の経営によるスミス女学校があった。新渡戸夫妻はその努力に共鳴し、経営への協力を惜しまなかった。いずれも名目上の校長や協力でなく、折にふれて講演をし、毎週、面会日をきめて生徒たちの話し相手になり、それは深夜に及ぶこともしばしばだった。」とある。遠友夜学校は昭和19年に閉校となったが、スミス女学校は(現・北星学園女子)と書いてほしかった。今回ボクの中でスミス女学校と北星学園さんが一致したところでスミス氏、新渡戸氏をはじめ、多くの方々の教育への熱意の延長線上に今回の観劇があることを感謝したい。

だが熱意といっても「教育熱心であることと、熱心に教えることは違う」といったのはカトリックで英語学者の渡部昇一氏だ。上智大学で英文法を教えていたころ学生に「このような英文法は、君たち自身が教えることはまずないだろう。しかし、君たちが家庭教師になったり、教壇に立ったり、あるいは塾で教える時には、生徒のなかにできるやつが必ず何人かいる。そして、そいつは変な質問をするに違いない。その時、スパッと答えられるか答えられないかで、その質問した生徒の運命が決まることがある。だから、その時、答えられるためにこの英文法をやっているのだ。」(『後悔しない人生』)と話したという。学生が自主的に学ぼうという意欲を誘い出すと同時に、教師は学問を深く修める大切な責務があると書かれていた。

今作『甘味、酸味、それから。』も熱血教師のような熱意は感じられない作品だった。けれど舞台上には不思議な静けさがあって、その静けさを壊すことなく会話が進んでいく。緩急など無いに等しい。しかし心地よい。時間に追われて読書するのではなく、ゆったりとコーヒーを飲みながら作品を味わう感じとでも言おうか。声を張るのでもなく派手な動きをするわけでもない。それでも作品に引き付けられたのは役者の演技に、悲しみ苦しみ愛しさ、押し殺した思いを感じたからだろうか?(とは言ってもオジサンのボクには会場の温度が低く、体力を奪われ意識が飛び、昌が手にした本が何だったのかは分からなかったことを告白しておく)

光華は親から虐待を受けていた。父親と血がつながっていない。幼いころ弟(妹だったかも)は母親にベランダから落とされ死んだ。証拠は無く事故として処理された。そんな母親とは違うと証明したくて子供をつくり育てたかったが妊娠できない。辛い不妊治療の末、妊娠が分かったのは昌が事故死した後だった。ショックで食事もできず体調を崩した彼女は流産してしまう。

そんな彼女は言う。結局自分は母親と同じで子供を殺してしまったと。弁護士を目指す明人は法律上殺人にはならないと光華を気遣う。そんなことは誰もが分かっている。光華に好意を持ち気遣う明人が可愛く、純粋さを感じさせる場面であるが、ボクは違うことを考えた。彼女は故意ではなったにしろ罪の意識から「殺した」と言っているわけだが堕胎を禁止する、胎児も人間と考えるキリスト教ならありうる考え方だと。さりげなく教会法と世俗法を対比させていて面白いと思った。ある意味「正統」だと・・・。だからこそ光華の自死には驚いた。キリスト教ではありえない。昔なら通常のお墓には入れないはずである、教会法によって。

光華の死を知り落ち込む明人にはクランベリーソースをかけたチーズケーキが残されていた。それは昌が好むであろう今までより酸味が強いものだった。「天国であの人に食べてもらうわ」と言っているようであり、「あなたの想いに応えることができなくてゴメンね」と言っているようでもある。明人には酸味以上にビターなものだったろう。そして天国の喫茶店であろうか?ケーキを食べる弟の対極にあるカウンターで二人が仲良く作業をしている・・・。自死で幸せになるなどキリスト教ではありえない、「異端」である。牧師さんが観たら怒るだろうと思った。(その時は「あれは在りし日の二人の姿です」と言えば良いだろう。実際そうかも。)自死はいけないことで美化しちゃいけないと思ったけれど、そんな考えが吹っ飛ぶほど光華が幸せそうでね、泣けちゃいました。

結局明人は光華を救うことはできなかった。しかしその悲しみに暮れる姿は、何の力にもなれないかもしれないけれど「死ぬほど苦しい」という人に気づき寄り添える人間でいたい、そんな大人になりたいという長さんの願いのように思えたのはボクだけだろうか?

 

2023年5月14日(日)15:00

北星学園女子高校講堂にて観劇

text by S・T

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