それでも世界は動きつづけている 札幌座『烈々風 玉葱畝る 夏至白夜 沁みる挽歌に 咽ぶ匂ひよ ~烈々風挽歌~』

奇妙さと日常が混在した舞台だ。

かなり奇妙な一夜の物語とも言えるし、平凡な日常のある夜の出来事とも言える。

札幌座の舞台。タイトルは長い『烈々風 玉葱畝る 夏至白夜 沁みる挽歌に 咽ぶ匂ひよ ~烈々風挽歌~』。

夏至の夜の札幌。東区の広大なタマネギ畑の真ん中でYouTube撮影が行われる。農家、料理家、宗教家、区の役人、それらが無数に植えられたタマネギの上で、噛み合わない段取りの中、撮影準備を進めていく。

メインストーリーはYouTube撮影のあれこれなんだけど、それがすごい出来事につながるかというとそうでもない。その場に居合わせた人々が、一年で一番短い夜に出会い、一緒にお茶を飲む、というだけだ。

観客は舞台上の、いやシアターZOOに現れたタマネギ畑上の人物たちをみつめる。まったく変化がなく日常を生きる者、最近なにかの変化があった者、そしていままさに変化しようとしている者。

夜の畑はほんとうに奇妙な場所だ。昼間は太陽が照りつけ人間があわただしく動いているが、日が落ちると人は消え、物言わぬ作物がひっそり息をひそめる世界。それは「静」の世界のように見えるけど、土の下では少しずつ少しずつ、作物たちは成長をつづけている。

本作の舞台上にはびっしりとタマネギが植えられ、登場人物たちは地上に伸びたタマネギの葉を踏まないように、またいで移動する。まるで土の上に赤ちゃんが等間隔に寝ているように、絶対に踏まないように、慎重に。異様な空間のようでもあるけど、農家にとっては日常の世界だ。

そんな奇妙さと日常が混在する場所で、ひときわ異彩を放つ存在がいる。本作でもっとも印象に残る人物「まりなちゃん」だ。タマネギ農家の姪っ子でソロキャンプが趣味。畑の真ん中、YouTube撮影が行われる横で、テントを張って寝ようとしている。

彼女はとても背が高く、自分が世間から浮いてると感じている。見た目にもそうだし、なんというか人間としても浮いていると。彼女は自分のいびつさ、ふぞろいさはまるでこのタマネギ畑の「札幌黄」のようだと言う。この人物設定がすばらしいのだけど、舞台の上に説得力を持ってたしかに存在させた常本亜実(札幌座)の好演もすばらしい(失礼、舞台上だけじゃなかった)。

僕がこの舞台でもっとも心を奪われたのは、天体望遠鏡と土星をめぐるある1コマだ。夏至の夜、広大なタマネギ畑の真ん中で望遠鏡を覗くと土星が現れる。1人が覗く、つぎの1人が覗こうとするともう土星はレンズの視界からはずれてしまっている。だから位置を調整する。そのわずかなやりとりに僕は感心した。

地球が動いているのだ。だから望遠鏡の中で星が移動していく。不動のもののように思われて実は絶え間なく動きつづけている。

「静」のように見えて変化が起こりつづけているのは地球だけじゃない。大地の中でひっそり息づく物言わぬタマネギたち、それらに囲まれながら奇妙さと日常を生きている登場人物たちもそうなのだ。

脚本、演出、音楽の斎藤歩はこの劇をコロナ禍まっただ中に書いたという。海外ではロックダウン、外出禁止、日本でも緊急事態宣言、まん防……。演劇も大打撃をこうむった。まるですべてが停止してしまったかのようなそのときに、それでも世界は動きつづけているのだという戯曲と作家の思いを感じた。

奇妙な夜の出来事だ。だが絶え間なくつづく日常でもある。一見地味ですごい出来事が起こるでもないこの劇の中に、人と歴史と大地のドラマがあった。

 

公演場所:シアターZOO

公演期間:2023年8月5日~8月12日

初出:札幌演劇シーズン2023夏「ゲキカン!」

text by 島崎町

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