初演は2017年、再演は2019年。いずれも僕の中では年間観劇マイベスト10上位に入る作品でした。
果たして今回はどのように進化した「沙羅双樹」を見せていただけるのか。興味を持ってまず初日を拝見しました。
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会場は初演から変わらずのコンカリーニョですが、今回は舞台中央から客席に向けての幅広の通路(縦花道)があり、この舞台構造が主要なシーンをより立体的に見せることに繋がっていました。
通常の舞台では殺陣の移動が上下(かみしも)のみとなるため展開が単調になりがちなんですよね(それを回避するために舞台奥に出入口を作る場合もあるのですが)。
龍神の描かれ方に関しては個人的には再演より初演の方が好みではあったので、今作ではどのようになるのかにまず関心がありました。顔出しをしたことで龍神(の化身?)の神秘性は多少薄れましたが、分かり易さや動かし易さとしてはプラスですね。
そして何より操演による龍神本体が大迫力。縦花道を使って最初に観客の死角から登場するインパクトも絶大。また、巴を守る龍神(由村さん)の殺陣には舞踏の要素もあり、他の演者の殺陣とは一線を画していたのも印象的でした。
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音楽隊からの導入部。そして総勢で見せるオープニングの殺陣と群舞で、客席は一気にその時代へと引き込まれます。
平安時代末期と現代を繋ぎながら物語が進むのは過去公演と変わりませんが、女子高生・司が、ともすれば鬼子の語る物語の先を促す「聞き手」ポジションの感が強かったのに対し、今回は現代パートの比重が大きくなっています。
(過去公演を現代2割とすれば、今作では肌感として1割増しという感じかな)
二人姉妹の長女だった司を妹の位置にし、姉、従姉、そしてより描写の増えた父親を配置することで、司の鬱屈や動機に説得力が生まれ、それが客席への共感に繋がっていたのかなと。
巴と司、両方の父親に赤坂さん。コミカルだったり気弱だったりしながら実は物語の重石(おもし)になっている役どころであり、特に現代編では後半に大きく効いてきます。そして司の従姉・佐奈役の山木さんは、どの場面にも脇から出てきてポンっとその場の空気を補強する最強の役者さん。
父親がその昔に司と同じ道を辿っていたり、佐奈が司に共感羞恥を感じてしまったり…姉みはる(小川さん)の振る舞いからも人物関係が垣間見えるなど、脚本の繊細さにすべての演者さんが応え、現代編だけでも掌編として成立するような確かな作り込みを感じます。
「特別」になりたいともがく司ですが、周囲には彼女を否定する人は誰もいません(特に、山下さん演じる綾乃は、司の全てを肯定する泣きそうなほど素敵なクラスメイト)。誰かに決められるのではなく、道は自分で見出さなければいけない、ということなんでしょう。
初演・再演は、巴の「生きざま」を観客が司とともに共有するというような作品だと感じていましたが、今作は「巴と司」という両軸の物語(そして、司の成長物語)であり、それこそが本来米沢さんの見せたかった部分だったのだと今更ながら思いました。
言わずもがなですが、司の学生服の下から現れたシャツの白は、「沙羅双樹の花」の色ですね。
そして、そんな司に巴の物語を伝える鬼子/覚明には、今回初参加の櫻井さん。独特のセリフの通りの良さは持ち味ですが、本作では一層際立っていてカタルシスさえ感じるほど。コミカルさも、そして司を落とそうとする鬼たちをたしなめる鋭い一言も、本作になくてはならない大きな力となっていました。
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過去編は安定の見応え。何と言ってもまずは、作・演出自らが軽やかに、そして壮絶に演じる巴御前。米沢さんは本作を体現する唯一無二の役者と言っていい。ふだんは舞台に立つことない主宰ですが、終盤であれだけの気力・体力を必要とする役を自らのホンで自らに課し、実質上の主役を演じきる米沢さんには、かつて札幌で活動していたE.C.DELTAのこ〜へ〜さんやプラズマニアの谷口さんの姿が重なります。
演者さんそれぞれが素晴らしい殺陣を魅せてくれる本作ですが、巴の殺陣と、終盤での米沢さんのスタミナは本作の見どころのひとつ。ひとと違う得物(武器)を持てばそれだけでキャラクターが立つ(もちろん棒術や薙刀、弓による殺陣はそれぞれ難しさがある)わけですが、同じ刀を使いながら殺陣の中で“巴らしさ”を見せるのは容易ではないと思います。初演から続くこちらも唯一無二の静御前・国門さんとの一騎打ちは、今回3度足を運びましたが毎回息を止めて見入ってしまいました。
お二人に限らず、演者の皆さんの殺陣は総じて過去公演をしのぐ迫力。以下、まだ言及していない幾つかの役への所感を。
木曽義仲…ノーブルさを醸し出す義仲は、上松さんのはまり役。
樋口兼光…長刀を扱う塩俵さんは、気づけばつい目で追ってしまうカッコよさ。
今井兼平…巴を思って厳しく吐き捨てるむらかみさんの別れのセリフは何度見ても心を掴まれる。
楯親忠…見せ場が印象的な有田さん。米田さんは彼の使い方が巧い。有田さんの魅力に最初に気づいたのもfireworksさんの公演『モンキーポッドとゆずこしょう』だったな。
御嶽山万石…イライラさせられない役処は少ないよね(笑)ストレスなく見られる和泉さんいいなあ。
千鶴御前…赤坂さんとともに、過去編の拠所となる安心感の長岡さん。母娘のシーンがいい。
山吹…過去編での出番は少ないが印象に残る小川さん。個人的には巴との直接会話(直接対決?)のシーンも欲しかったかな。
源義経…再演までのライバル感むき出しの天才肌・橋田義経も好きだったが、鬼子からキャスト変えの桐原義経で盛者必衰のドラマに厚みを持たせたのはよかった。桐原さんならではの知恵者義経。
源頼朝…印象的なビジュアル。出過ぎず、それでいて軽すぎずの難しいさじ加減を後藤さんが好演(龍神の操演や印象的な船頭も後藤さん)
梶原景時…ケレン味たっぷりの恒本さんがこのポジションにいることで、脚本にある以上の権謀術数を感じさせる。
武蔵坊弁慶…弁慶らしい弁慶を魅せるのは実はかなり難しい。体格だけではなく高山さんはしっかりと弁慶だった。
那須与一…今回の清廉な与一は印象的。本当に綾乃と同一の演者さんかと二度見した。回を重ねるごとにますます良くなっていき、与一が良くなっていくことで義仲の最後も一層引き立った。
後白河法皇…いかにもといった法皇はハマり役だったが、個人的には坂下さんの万石も次はアリかなとも思った。
森嶋…絶妙の立ち位置を演じた三井田さんの好青年ぶりにはひたすら好感。
ほかにも、鬼のきゃめさんや河野さんのダンス、同劇団の強みである生音を支える音楽隊、そして衣裳のセンスなど、この辺を語り始めたらキリがないんですが、あえて気になった点をあげると、現代編をブラッシュアップした分、義仲陣営が追い込まれていく過程がちょっと駆け足になってしまったように感じる面はありました。
もちろん「あれもこれも」は欲張りすぎだと思うので今回はこれでよかったとも思いますが、個人的には尺があと10分、いや15分長くてもよいと思うので、木曽義仲が踏みこまざるを得なかった「時代の袋小路」の本作ならではの切り取り方や、義仲主従の夢見た「争いのない世界」を次はもう少し肉付けして見せてほしいとも願います。
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「死なば諸共」「一所懸命」「左様なら」など、本作では特に米沢さんの「言葉」に対するこだわりも印象的でした。
巴と司、巴と静、義仲と義経、義経と頼朝、山吹と巴…観る人によって色々な視点があり、書き手も歳を重ねるごとに描きたい軸が変わっていく可能性もあると思うので、今後さらにブラッシュアップされた本作をまた拝見したいです。
本作は作者自身も「まだまだ再演していきたい」とおっしゃているので、それは嬉しいのですが、この世代のキャストが演じるのは今回が最後ということで本当に淋しい。特に巴御前は米沢さん以外に考えられないだけに。
でも次は、その米沢さん自身が「この人なら」と思うあらたな巴を育ててくれるのでしょう。
その若い新たな演者さんは、米沢さんの巴御前と比較されることは不可避で、きっと悩むのだと思います。しかしその悩みさえも巴の葛藤に自らを重ねて、米沢さんと一緒に新たな巴を作り上げていってくれるではないか。そんな未来を期待します。
「左様ならば。」
作中にもありましたが、なんと美しい諦めの言葉なのでしょうか。
さようなら、仕方がない。
米沢・巴にはもう会えないけれど、これからのfireworksさんに益々の期待を込めて。
2024/7/27(土) 19:00
2024/8/30(火) 20:00
2024/8/3(土) 17:00
生活支援型文化施設コンカリーニョにて観劇
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札幌演劇シーズン2024
劇団fireworks『沙羅双樹の花の色』
2024/7/27(土)~8/4(土)
今から800年前。平安時代末期、信濃の国の木曽という山奥に「木曽義仲」という男がいた。義兄弟達と動乱の世を駆け抜け、最後は同じ源氏の源義経によって討たれた。今では粗暴な田舎者と木曽の山猿と、悪名のみがついてまわる。現代。高校生の司は家に代々伝わる古書を持ち出した。その書には、木曽義仲の本当の歴史が紡がれているという。特別な人間になりたい彼女はその書を開く。平安と平成の世が交差した、劇団fireworks流時代劇ファンタジー。
【作・演出・舞台美術】
米沢春花(劇団fireworks)
【出演】
和泉諒
小川しおり
木村歩未
塩俵昇大
桐原直幸(二度寝で死にたいズ)
坂下大和
米沢春花
(以上、劇団fireworks)
有田哲(クラアク芸術堂)
上松遼平(カンガルーパンチ)
恒本礼透
むらかみ智大
櫻井保一
由村鯨太(わんわんズ)
山下愛生
きゃめ(ハッピーポコロンパーク)
高山和也(ラポラポラ)
長岡登美子(大人の事情協議会)
河野千晶(UniqueRhythmic)
後藤カツキ(トランク機械シアター)
三井田凜(北海学園大学演劇研究会)
国門紋朱(もえぎ色)
赤坂嘉謙(劇団清水企画)
山木眞綾
【音楽隊】
山崎耕佑(劇団fireworks)
三島祐樹
510‐7010
【スタッフ】
音楽:山崎耕佑(劇団fireworks)
音響:高橋智信(劇団fireworks)
山口愛由美
照明:竹屋光浩(ヘリウムスリー)
衣装:大坂友里絵
舞台監督:田中舞奈(パゥピーポォズ;)
演出助手:高橋雲(ヒュー妄)
小道具:丹野早紀
広報:ほそやもくめ(劇団fireworks/わっか企画)
エンタメトレーナー:河野千晶(UniqueRhythmic)
殺陣指導:浦本英輝
相談指南役:鎌塚慎平(劇団・木製ボイジャー14号)
サポートスタッフ:
猪俣和奏
彩亜夜光
宮下諒平
宮ノ森しゅん
来馬舞華(from851)
三上翔平
text by 九十八坊(orb)