劇場を出たとき、目の前の景色がそれまでとはすこし違って見える。そういうのがいい舞台だと思う。
観劇後、BLOCHを出て歩き出すと、週末の札幌、たくさんの家族が歩いている。ちいさな子どもとお父さんお母さん。大きく成長した子どもとすこし老いてきた親。
なにげないいつもの風景のはずなのに、今日の僕には、どの家族もいとおしく思える。
演劇家族スイートホーム『わだちを踏むように』。とある民宿にひさびさ家族が集まる。仲がよかったりギスギスしていたり。そのなかで企みが2つ進行していく。上手くいきそうにないんだけど、案の定こじれてねじれて。
人物は8人。それぞれがそれぞれの思いで動き、すべては崩壊の危機を迎えるが、最後は文字通りひとつに収まる……のかどうかは観てのお楽しみ。
最近ではめずらしい、がっつりとした情緒ある家族ドラマだ。ホームドラマというジャンルがいまもあるか知らないけれど、経営する民宿に家族が集まる本作はまさにホームドラマ。
特筆すべきは全然古くさくないことで、むしろ清新。さわやかな風が体を突きぬける。
やたら泣かせてやろうという物語はあまり好きじゃないが、本作は笑いあり涙あり、バランスもいい。前半は入り組んだ状況とストーリーをうまくさばきながら笑いをどんどん入れて客を楽しませ、後半はじぃーーっくりとしたシーンで涙を誘う。泣かせながら笑わせる手法も見事でうまい! ずるい!
脚本・演出は髙橋正子(演劇家族スイートホーム)。ドラマトゥルグに畠山由貴(劇団パーソンズ)。
僕は前情報をまったく見ずに観劇するのだけど、本作はそういうふうに観るとうまさがよくわかる(だからここで読むのをやめてさあ劇場へ)。
冒頭、やや複雑な家族構成や、2組が企てているあることが描かれるのだけど、ストレスなくスルスル入ってくる。その複雑さから笑いやドラマがつぎつぎと生まれていき、なんというか、物語が自分の中で消化されていく楽しさとでもいうのだろうか、快感がある。
登場人物が隠していることをほかの人物は知らないけど、観客には完全に理解させるうまさもあって、それがバレるときのおかしさや、変に誤解されてしまう展開などもうまい! ずるい!(2回目)
さらに感心したのが人物造形。数年ぶりに帰省した高橋弥生(竹道光希/演劇家族スイートホーム)は、自分でも抑えられないイラだちや不安を生々しく見せ、弱くわがままな部分をさらけだす。
しかし弟(本庄一登/演劇家族スイートホーム)や甥(長谷川健太/後手必殺ファジィ集合。山崎拓未/家族スイートホームとのWキャスト)とのやりとりで見せる明るさやさしさは、彼女のすてきな面でもある。そうやってさまざまな角度から光を当てることで、弥生という人物が立体的に描かれる。
ここからは彼女のとある事情(序盤で明かされる)についてふれるので、未見の人はここで読むのをやめてさあ劇場へ(2回目)。
どういう事情かというと彼女は妊娠している。そして親、特に父親(米倉拓斗/サンデーボーイズ)との確執があって、そのことを言うに言えない状況にある。言わなければいけないんだけど言いづらい。というか言いたくない。
精神的に追いつめられた彼女は出産間近という肉体的な不安もあり、イラだちを増し、ときに子どものようにふるまう。
彼女はいま「子ども」と「親」の狭間の時間にいるのだ。出産して親となるリミットがどんどん近づいている。そして子どもはお腹を内側から蹴り、目の前には断絶した父親がいる。物理的にも子どもと親の狭間に立っている。
舞台が進むにつれて終盤、しだいに父親の方へ歩み寄る姿は、まさに親へと、母親へと歩を進めていくさまのように見えた。
むかし『そして父になる』という映画があったけど、これはまさしく『そして母になる』物語だ。
子どもが生まれるだけじゃない、そのほかにもいろんな形で家族に加わる人たちが描かれる舞台。家族とはなにか、家族になるとはどういうことなのか。札幌で生まれたホームドラマの傑作と言っていい。
(ちなみに僕は甥を演じた長谷川健太の好演にもやられた。受験を控えた小憎らしい男子高校生で、コメディリリーフとしても抜群。さらに泣かせのシーン! 僕はここで泣いた。)
さて本作は群像劇ではあるけれど、僕は弥生が主役だと思っていた。だけどチラシのあらすじを読むと弥生の父親の物語として書いてある(もしかしたら初演時がそうで今回は改稿したのかもしれないが)。
たしかに父・隆夫の物語としても観られる。正直弥生の物語として観ていた僕は、途中の回想シーンがいるのかどうか疑問だったけど、隆夫の物語としてなら……人物に深みを与えてはいた。ひとりだけ回想シーンを与えられる特権があるのだから、やっぱり主役だったのだろうか。
などという僕の疑問は、観劇したのが8月17日の初日初回だったがために吹っ飛んだ。そこでちょっとしたサプライズがあったのだ。
とてもすばらしい舞台で場内ではすすり泣く声が聞こえるなか、劇は終わる。ダブルカーテンコール。一列に並んだ出演者を代表して、父親役の米倉拓斗があいさつする。そこで、いま自分の父親が観劇していると言う。すこしざわつく客席からひとりの男性が立ちあがり「父です」と頭を下げる。
米倉拓斗が演じたのは、子どもとの確執、親としての悩み、いろんなものを抱えた父親だった。当然、自分の父親のことを思うだろう。そしていま、父が観る前で父として舞台に立つ。その思いを口にしようとしても涙が出て言葉が詰まる。
客席からも大拍手だ。礼をして、役者一同が袖に下がったあと、客席の父がこう言った。「これからも息子をよろしくお願いします」また拍手だ。
初日初回のサプライズ。主役は米倉拓斗でいいだろう。すくなくともあの時間は彼のものだった。だけど、最後に客席から拍手を浴びたのはお父さんだったけどね。
公演場所:BLOCH
公演期間:2024年8月17日
初出:札幌演劇シーズン2024「ゲキカン!」
text by 島崎町