深浦版・長坂が届けたもの。――弦巻楽団 舞台『砦なき者』

■予習か未見か──観劇前の選択

弦巻さんが長年温めていたという『砦なき者』の舞台化。情報解禁以来楽しみにしていた本作を公演2日目に鑑賞しました。

ドラマ『眠れぬ森』『親愛なる者へ』などの脚本家であり推理小説家の野沢尚氏の長編小説で、2004年にテレビドラマ化された本作。「テレビ」という巨大メディアが生み出した悪のカリスマ・八尋(ドラマ版は妻夫木聡さん)とニュース番組のキャスター・長坂(同・役所広司さん)の対決を描いた推理サスペンスドラマです。

…と、さも詳しげに書いていますが(笑)実は私はこのドラマを見ておらず、序盤の粗筋を知る程度でした。

本作の前日譚であり同じ(架空の)テレビ局を舞台にした映画『破線のマリス』を観て、謎解きのオチに違和感があったのと、時期的に野沢尚さんの描く「長く濃密な人間関係」のドラマを愉しむ精神的なコンディションが整っておらず、鑑賞に踏み切れませんでした。

観劇にあたり一番悩んだのが(事前にドラマを見て)予習するべきかどうかという点。
結局、物語の結末を生で楽しみたいという気持ちが勝り、また、テレビドラマとの比較や「確認作業」になってしまうのはつまらないと考え原作は封印して観劇に臨みました。
(結果的にこの選択は正しかった。野沢さんの描く濃密なドラマを、原作未見の観客に対して弦巻さんが舞台のみで「見せきることができるか」を自身で確認することができ、また「ドラマ版ではこうだったのかな?」と、逆引き的にドラマを妄想(笑)して楽しんだりも。)

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予習を封印して臨んだ舞台。客席について開演を待つ舞台に目を向けると──

テレビ局を中心とした物語なのでガチガチのセットを組んでくるかと思っていたのですが、広いコンカリのステージは樹のようなオブジェで埋め尽くされているだけ。鬱蒼とした森にも見えますが、直線のみで形作られた同型の無機質なフォルムは、人工物の一群にも見えます。

人気ニュース番組『ナイン・トゥ・テン』のメインキャスター・長坂文雄は、少女買春を特集として取り上げたことをきっかけに、番組ディレクターの逢沢瑤子とともに女子高生の自殺を発端とする一連の騒動に巻き込まれていきます。『破線のマリス』では視聴率のために虚偽報道も辞さない遠藤「瑤子」が登場しましたが、本作では同じ名を持つディレクターが長坂を導く役割を担い、二人はやがて、メディアが生み出したカリスマ・八尋の裏の顔を知り――
このあたりから物語は一気に“報道ドラマ”から“心理サスペンス”へと加速していきます。

長坂と瑤子は、テレビ局内部の事情とメディアの罪を抱えたまま、八尋という巨大な闇へ踏み込んでいくことになります。

■深浦版・長坂が背負うもの

主役・長坂を演じるのは深浦さん。
長く戦場特派員として報道に命を賭けていた彼は視聴率至上主義の今の仕事に悩み、『波線のマリス』の主役・瑤子にあった覇気は微塵も感じません。「ドラマ版の役所さんはもうちょっとテレビマン的な食指も見せていたのかな」とも妄想しつつ、沈鬱な佇まいの深浦版・長坂は、その演技の説得力と強度で作品の中心線をつくり、物語の倫理観を一手に引き受けます。
「‥テヘランの倉科にそう言い残して、俺は日本へ立った」――深浦さんが言うと、僕には本当に深浦さんが戦乱の地を後にしてきたように聞こえました。 客出しでは思わず深浦さんに「今回のは、さすがにキッツいでしょう(笑)」と声をかけてしまいましたが、その“揺るがなさ”が作品全体の硬度を決めていたと思います。

常に長坂の前を走るディレクター・瑤子。ドラマ版では鈴木京香さんが演じていたこの役は、前回公演『ローリング・サンダー』の編集者役が光った木村さん。きちんとした大人?とでもいうのでしょうか、「芝居の中」だけでなく「外の社会」を知っている大人のたたずまいを木村さんはちゃんと内包していて、物語の中心に据えたくなる安心感のある役者さんになったなあという感慨しきりでした。

他のテレビ局の面々、特に長坂の上席~幹部にあたるメンバー5名も、前述した「社会」をよく体現していて、局内部の人の厚みを感じました。イノッチさんや阿部さん、そして客演の濱道さんは時にコメディタッチの演技も拝見してきましたがここまで硬質な役柄は珍しく、立ち姿は凛々しくそしてしっかりとハマっていました。
コロスが多いのも弦巻楽団の特徴のひとつ。キャストは総勢18名で、多めではありますが例によって多くの役者が複数役をこなします。よく鍛えられよく動くのが弦巻楽団の特徴ですが、「人数が多いから成立する」のではなく「多い人数を使いこなす型」を持っているのだなと改めて思いました。 照明のあて方や樹のオブジェの陰を利用した出ハケが巧みなので、いつも以上に役変えの違和感がありませんでした。

■戸澤版・八尋をめぐるメディア論

どうにも褒める一辺倒になっていますが…(笑)。ここらで気になった点をひとつ。

少女買春の元締めとして報道された女子高生・めい子が自殺し、その恋人として名乗り出た八尋樹一郎(戸澤さん)。彼はテレビの独占インタビューを受け、懸命にめい子をかばうその姿で一躍メディアの寵児となります。

カリスマとなった八尋は実は裏の顔を持ち、彼に魅入られた人々を使って次々と暗い企てを実行していくのですが…八尋に「洗脳」されたにしても、そう簡単に殺人まで行ってしまうものか?――原作で予習済みの方には気にならないなりゆきだったかも知れませんが、未見の僕の視点では、八尋が他者を動かす“言葉”や“気配”の描写が舞台上でまだ少し足りなかったように感じました。彼の支配力を納得させる“説得力の源”が、もう半歩だけ欲しかったのです。

僕には、人々が八尋によって「踊らされている」のではなく「踊りたがっている」ようにも見えました。誰かが「こうだ」と言ってくれれば自分の判断や責任から解放される。――メディアは確かに巨大な力を持ちますが、その力を生みだしているのは視聴者側の欲望でもある。そこに乗じていく八尋という図式をもう少し見たかった気がします。

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八尋を演じた戸澤さん。朴訥な好青年を演じることも多い彼ですが、今作では演技にしなやかさが増し、それが八尋の暗部や「したたかさ」にフィットして深浦さんと対峙するシーンにしっかり実っていました。

また、八尋に絡んで特筆したいのは、八尋の生い立ちから女子高生・めい子とのなりゆきに至るまでの演出。性描写などのシーンを避けて換骨奪胎することも弦巻さんなら自在なはずですが、それでは本当の意味での「野沢尚作品」ではなくなってしまう。過剰な描写をせず、かといってキレイゴトや記号にもしない――照明や役者の細かいふるまいも含めた繊細な演出で、幅広い年齢層の鑑賞を可能とする仕上がりになっていました。めい子役は過去作品でも評価の高い相馬さん。戸澤さんの相手役として、彼女が居てこそ成立した展開だったと思います。

■深浦版・長坂が届けたもの

無機的な都会の風景にも、沈黙する群衆にも見えたオブジェ群は、長坂と八尋の対決シーンで本来の森としての役割を担います。

長坂の最期の、視線の先にあったものは何だったのか。
咄嗟には絶望かとも思ったのですが、その後に続く逆転劇(これは原作を知らない者にとってこの舞台の醍醐味でした)を経て、報道の真実を告げる叫びだったのだということがわかります。

そしてまた、これはまったくの私見ですが。

「報道とは何か」「メディアとは何か」。――長坂、いや深浦さんは、森に隠したカメラ(の向こうにいる視聴者やテレビ局の仲間)に向かってではなく、私たちに直接問いかけていたのではないか。

小劇場の舞台はそこにいる観客だけが、その「生の瞬間」の受け手になる。それがマスメディアとの決定的な違いです。時に編集されたり、特定の意図をもって切り取られ拡散される情報ではなく「生身の人間が発するメッセージ」を私たち自身が直に受け取り、そして考えること。それが本作が“演劇”であることの意味なのではないでしょうか。

■ 時が満ち、新たな幕があがる

最後のひと幕。
八尋を囲むマスコミの風景はおそらくドラマ版にもあったのかと思いますが、人混みを分けて長坂が現れ、八尋に手を差し伸べる演劇的なラストシーンは、あまりにもこの「舞台 砦なき者」の成功を象徴するかのようで、場違いにも僕は笑いがこみ上げてきました。

(あそこは本来泣くシーンですよね。すみません、感情がバグっていたようです(笑))

弦巻さんが、いつかは実現したいと構想していたという『砦なき者』の舞台化。確か先行告知では「弦巻作品を彩るオールスターキャストが集結」と銘打たれていたと記憶しています。

僕の好きな遠藤洋平さんは「こんな役で⁉」と今回も驚かせてくれましたが、実は本来であれば真っ先に名前の挙がりそうな客演数名の姿はありませんが、それは逆にここ最近の劇団員の成長の証でもありますね。弦巻さん本人の筆力・演出力が本作に足るまで温めていたというだけではなく、ここまで力をつけてきた多くの役者・スタッフたちが揃い、時が満ちたということでもあるのでしょう。

カンパニーの総合力によって、札幌の地で全国初めて実現したという本作の舞台化実績は、弦巻楽団の新たな一里塚(マイルストーン)になったものと確信しています。

さて次のマイルストーンは…弦巻楽団の今後に注目したいです。

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※2025/11/14(金)19:00~、11/15(土)19:00~の回を観劇

弦巻楽団「秋の大文化祭!2025」参加作品 ♯42 舞台『砦なき者』
(TGR札幌劇場祭2025 参加作品)
2025年11月13日(木)~16日(日)
会場:生活支援型文化施設コンカリーニョ

<STORY>
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映像の文化が花開いたその瞬間から、
私たちの視点は誰かの手に落ちていたのかも知れない。
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女子高生・古谷めい子が、ビジネスホテルの一室で自殺を遂げた。
少女は前日、首都テレビの人気ニュース番組『ナイン・トゥ・テン』の特集企画の中で、少女売春の元締めとして報じられたばかりだった。
特集を手掛けたメインキャスター・長坂文雄は、激しい非難にさらされ、謹慎処分に追い込まれる。
一方、ライバル局の東洋テレビは、めい子の恋人と名乗る青年・八尋樹一郎に独占インタビューを行なう。
「彼女は無実です。めい子を返して下さい。」涙を浮かべ、報道によって死に追いやられた恋人の無実を訴えるその姿は、一夜にして彼を「カリスマ青年」へと変貌させた……。

※本作は、2002年に発表された小説、およびこれを原作として2004年にテレビ朝日系列で放送され、大きな議論を巻き起こしたテレビドラマです。

報道被害、フェイクニュース、炎上文化といったキーワードが日常化した現代社会では、情報が人を追い詰め、あるいは虚像が人を救うという逆説が浮き彫りになっています。SNSの隆盛により情報伝達が加速した今、作品が描くメディアの光と闇は、より一層鋭く私たちを射抜きます。

原作 野沢尚
脚本・演出 弦巻啓太

<出演>
深浦佑太(ディリバレー・ダイバーズ)
戸澤亮

濱道俊介(大人の事情協議会)
遠藤洋平(ヒュー妄)
中禰颯十
岩波岳洋
吉村佳介
三沢さゆり
秋山航也
石田琉衣
橋本快斗
相馬日奈(弦巻楽団)
木村愛香音(弦巻楽団)
阿部邦彦(弦巻楽団)
イノッチ(弦巻楽団)
柳田裕美(弦巻楽団)
髙野茜(弦巻楽団)
古川悠(弦巻楽団)

<スタッフ>
音楽 中條日菜子
舞台美術 高村由紀子
照明 山本雄飛(劇団・木製ボイジャー14号)
音響 山口愛由美
衣裳 相馬日奈(弦巻楽団)
舞台監督 弦巻啓太(弦巻楽団)
宣伝美術 勝山修平(彗星マジック)
制作 佐久間泉真(弦巻楽団)
主催 一般社団法人劇団弦巻楽団

後援 札幌市、札幌市教育委員会
協力 さっぽろアートステージ2025実行委員会、札幌劇場連絡会
助成 芸術文化振興基金

text by 九十八坊(orb)

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