必見:無名塾『肝っ玉おっ母と子供たち』(能登演劇堂)

仲代達矢氏を見たかった。無名塾を見たかった。能登演劇堂を見たかった。全て見た!
期待以上に素晴らしく、心が満たされた。あゝよかった、ということで、温泉旅行だったこともあり感想を書く気にならなかったのだが、やはりちょっと書いておこう。演目が、ブレヒトの「肝っ玉おっ母と子供たち」で、札幌座も近年公演していたので作品がよく知られていることだし。

戦争を生業とする肝っ玉おっ母。戦争で子供たちを失くすおっ母。それでも生きてゆくおっ母。ミサイル、という言葉が日常に聞かれるような今、演劇にできる人類への警鐘、戒めとして上演意義が深い。そして「反戦」にとどまらない名作だ。人間を描いている。

「演出上、大扉を開けて外の風が劇場内に入りますので、ひざ掛けが必要な方はお貸しします」と聞いていたので、ワクワクしていた。能登演劇堂は、仲代氏と愛妻の隆巴氏らの意向を組んで設計され、舞台後方の大扉がぐわ〜んと開き、外のちょっとした森に見える土地も含めて舞台なのだ。その奥行き感たるや壮観だ。外の小道から現れる84歳の仲代氏演じる肝っ玉おっ母。幌荷車を子供たちと引いて近づいてくる。戦火の中という演出で、小道の奥では炎も見られる。やがて堂内の舞台上へ。なんという自然な登場。名優の登場だというので待ち構えていたオーディエンスも、拍手が控えられるほど、もうすでに仲代氏は芝居にすっかり入っていた。なんなんだ、この自然さ。いわばオジイさんがまだ女盛りの母親役をしているというのに、全く違和感がない。そりゃ、声の張りとかは若い人と同じようにはいかないが、うまく声をセーブしながらここぞという時大声を張り上げて、緩急をつけていた。さすがだ。周囲の無名塾俳優陣も、文句なしの出来栄え。清々しい。

仲代氏の演技、この人はまさに命がけだ。きっとこの舞台で命を落としても本望なのだろう。終演後のカーテンコールには、演出家として隆巴氏の遺影がするすると降りてきて、一緒に拍手を浴びる。一心同体。こんな演出がまったくいやらしくない。

ラストシーン、娘の弔いを村人に託して、おっ母は一人、荷車を引いて兵隊たちを追っていく。回り舞台で、娘の遺体が舞台後方へ移動して去ってゆき、反対におっ母は回転に逆らって前方へ歩き出す。「待っておくれよ。私も連れて行っておくれよー」という最後のセリフが、兵隊に呼びかけるものであると同時に、娘たちを追って天国について行ってやりたい、という言葉にも聞こえて、一層胸に迫るものがあった。新しい発見だった。

平日の午後3時半からの1回公演だが、ほぼ満員。仲代氏にずっと続けてほしい、という声と、仲代氏がいなくなったら演劇堂は大丈夫か、という声。確かに、能登のあんな不便なところにあれだけの観客を集められるのは仲代達矢あってこそ。今後を見守りたい。
11月12日までのロングラン。今、必見の芝居はこれ!

 

10月17日15:30 能登演劇堂にて観劇

text by やすみん

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