違和感とゾクゾク:words of hearts 『アドルフの主治医』

真摯な作品で好感が持てるものの、ちょいと違和感が否めない。歴史上の有名な人物を取り上げているので、色々と自分の持っているイメージや概念と少し違うと、おやっと引っかかるものだ。違いを楽しむべきだろう。もしかしたら違和感にこそメッセージがあるのかも知れないし。もちろん、フィクションだから何でもありだし。違う想像をするのもゾクゾクするし。

タイトルは、「アドルフの主治医」とあるが、ヒトラーをアドルフと呼ぶなら、独裁者が一人の人間として描かれるか、とても身近に描かれるかを期待してしまう。アドルフとファーストネームで呼ぶ意図は何か。メンゲレは正確には、アウシュビッツ収容所の主任医師であったようだが、ヒトラーの主治医と呼ぶなら全く違う話になるのではないか。内容はむしろ「医師ヨーゼフ」だったような。

人体実験をしたマッドサイエンティスト、死の天使。神にでもなったかのような彼の野望に満ちた狂人科学者ぶりは、隠れた人間の一面としてドラマチックだ。狂人は狂人の論理で自分をまともだと思っている。独裁者はきっかけと口実を与えたに過ぎない。相乗効果というものか。もちろん、命令されてやりました、とは言うだろうけど。

劇中、ナチスの敬礼とヒトラー賞賛の言葉の連呼には驚いた。ドイツではあれやると逮捕。イスラエル人は絶対退席。会場が凍りつきます。ゾク!札幌だからいいやっていう問題よりも、タブーを覚悟でやる必要があったか。

演出上、意図的なのか、ほとんどの俳優陣は通常の会話程度の音量で淡々として聞こえた。会場のパトスは、観客と舞台がとても近いので聞き取りに問題はないのだが。一方、高野吟子氏、朝葱康平氏はよく声が出ていて気持ちよかった。こなれた演技のせいか、吟子氏演じる宿屋の女将は、釣好きのホフマンがメンゲレだと知っていて知らぬふりしているのもありだなと思った。南米で強い影響力を持つカトリックが密かにナチスの残党を助けたそうだし。大いにあり得る話でないか。

主役のサイトータツミチ氏は好演。

飛世早哉香氏演じるイレーネは、美しい日本人的な妻だった。急に怒り出すロジックも(ロジックになってないのだけど)論理的な議論好きのドイツ人というより、深読みの日本人という感じの女性に描かれていた。飛世氏は色んな役に挑戦してほしい女優さんだ。

メンゲレがアウシュビッツで口ずさんでいたというオペラのアリアが、「トスカ」とは!ギャップがあって面白い。「ナチスはワーグナー好き」という固定概念を破る。史実?創作?ゾクゾク!

メンゲレの最期は実に興味深い。世界一スゴイとされるモサドの追っ手を逃れるとは。本作品では、モサドが海水浴中の心臓発作による溺死に見せかけて殺害したという終わり方だ。なるほど。私は違うと思う。モサドの暗殺は死体さえ出てこないっていうから。それにモサドはきっと憎きメンゲレを捕らえて裁判で見世物にしただろう。あるいは、追っ手に気づいたメンゲレが恐怖で心臓発作を起こしたかも。ああ、真実はいかに!ゾクゾク!

夜も更けてメンゲレがメレンゲになりそうなのでこのへんで。

2017年11月12日 18:00 パトスにて観劇

text by やすみん

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