悲劇、敗戦、女たち 風蝕異人街『トロイアの女たち』

前知識など仕入れずに、とにかくガツンと舞台を感じたい、そういう人はぜひこのままコンカリーニョに行ってほしい。うむを言わさぬ圧倒的な悲劇を、リズムと言葉と舞踏で感じてほしい。

ただもしも、ストーリーや背景などを理解しながら楽しみたいなら、山形治江訳の『トロイアの女たち』(論創社)はぜひオススメ。今回の舞台もこの翻訳を使っているのだけど、訳がすばらしい。生き生きとしている。

解説も充実していて、この物語以前になにがあったのか、トロイアの女たちの悲劇のあとになにが起こったのかなど、トロイア滅亡を中心とした歴史を俯瞰的に知ることができる。本作の理解がかなり進むことは間違いない。とにかく良書。

今回の舞台は「子どもたちにもわかるギリシャ悲劇」をめざしたとのことだ。どういう状態になればわかったことになるのかは諸説あるとして、すくなくともストーリーや関係性を明快にハッキリわかるとなると、やや厳しい部分もある。もちろん、それをおぎなってあまりあるものがこの舞台にはあるのだけど。

劇団側も、パンフレットや前口上で人間関係やストーリーを説明しようと腐心しているので、いらぬお節介かもしれないけれど、ここで、最低限これだけわかってれば大丈夫という3つのことを解説したいと思う。

 

【舞台】

まず本作は、トロイア戦争で負けたトロイアが舞台。勝ったのはギリシャ連合軍。

 

【戦争の原因】

すっごい美女のヘレネが原因。彼女はスパルタの王(メネラオス)の妻だったんだけど、いろいろあってトロイアの王にとられてしまった。だからスパルタを中心としたギリシャ連合軍が攻めてきた。舞台下手にいる美女がヘレネ。で、途中出てくる王がその夫(メネラオス)。

 

【物語の見方】

負けたことにより、トロイアの王妃・ヘカベにつぎつぎと悲劇が襲ってくる。それらに直面してヘカベはなにを語るのか。ここが見所!

 

と、これらをふまえておけば、基本楽しめる舞台。リズムに酔うもアリ、言葉の洪水におぼれるもヨシ、荒れ狂う肉体にうっとりするのも一興。

個人的には今回、ギリシャ悲劇というものをはじめてちゃんと観たのだけど、ああセリフ劇なんだなあと思った。それも、非常に理性的な言葉で感情が描かれている。なのに、理性ではとうてい割りきれない悲劇が登場人物を襲い、感情を爆発させる。その理性と感情のせめぎ合いなんだ。

それは原作者・エウリピデスと翻訳者・山形治江が作り出した言葉の力によるものなんだけど、舞台の上に出現させるためには、なにより役者の力が本当に大きいのだとあらためて感じた。

トロイアは破れたが、王妃ヘカベは負けない。どんな悲劇が襲おうと彼女は屈しない。その姿を表現した三木美智代。図抜けた表現力は圧倒的で、身体、そして言語の使い手だった。

そんな三木とセリフで渡り合えるものは少ない。今回の舞台ではアンドロマケを演じた堀きよ美、メネラオスの齋藤雅彰との舌戦はさすがの見応えだった。

言葉を自分のものにできているものだけが2000年以上も前に書かれた劇曲を現代によみがえらせることができるんだろう。

悲劇、敗戦、女たち……それらをいま舞台でやる意図はなんなのか。観た人がどう感じるのかはその人しだいだけど、僕は、理不尽に死んでいくものの中にあって命の光りを燃やし続けるヘカベの輝きに、未来を見たような気がした。

 

公演場所:コンカリーニョ

公演期間:2018年7月28日~8月4日

初出:札幌演劇シーズン2018夏「ゲキカン!」

text by 島崎町

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