こういう舞台は美しい 弦巻楽団『センチメンタル』

セリフの力を信じてる。そう感じた。

20年にわたる、ある男の物語。それは、ある女性の物語でもあるし、周囲にいる人たちの物語でもある。喜びや悲しみ、苦悩や希望、それらをセリフでつくりあげている。

弦巻楽団『センチメンタル』。初演は2000年だという。18年後の再演、劇場も役者も時代も違う。シナリオを、セリフをどう変えたのかわからない。だけど当時23歳の弦巻啓太が、自分の言葉で世界をつくろうとしたのがうかがえる。人をつくり世界をつくり、物語をつくる。

若さからくる自信なのか、それとも、とめどない創作意欲をあふれる言葉にぶつけたのか。それがここちよい。観客の何歩も先をいき、まだ見ぬ地平を切り開いて、どうだこの世界は、と提示してくる。みなぎる才気だ。セリフと、セリフがつくる物語への情熱がある。

その世界をつくりだす役者たちがすばらしい。いま札幌でいい役者は? と聞かれたら、yhsの櫻井保一と本作の主演・深浦佑太(プラズマダイバーズ)をあげる。

深浦は端正な演技で澄んだ弦巻脚本のよさを引き出す。うちにためているが、ある瞬間にガン! と感情を出す。その苦悩や憤(いきどお)りの中に本人すらわからない感情をも吐き出している。それがとてもよかった。

むずかしく入りこむだけで負担のかかる役だったと思うが、多くの人の賞賛によって報われると思う。

妻・静を演じた成田愛花(劇団ひまわり/あづき398)と教え子の母・頼子を演じた袖山このみ(words of hearts)の動と静、生と死の対照的な演技もよかった。

妻・静をメインとした冒頭。数分で客席から嗚咽が漏れはじめ、この感じで1時間数十分つづいたら劇場はいったいどうなってしまうんだろうと、それくらい観客の心をつかんでいた。冒頭は静謐で、神秘的ですらあった。

いっぽう人間的である頼子の物語は、この劇のあとに深みを増す。なぜなら、主役の秀深(ひでみ)の20年間を観終えたあと、これだけの喜びや苦しみ、人生の物語が、もうひとりぶん、頼子の側にもあるとわかるからだ。

妻・静と頼子の対比と書いたが、秀深と頼子も合わせ鏡になっている構成は見事だ。

脇を固めるのは主任教師・五所瓦(ごしょがわら)の松本直人、編集者で友人役の塩谷舞。味のある好演で、ここがしっかりしていないと世界が崩壊してしまう。このふたりがいることで主役のまわりに社会が形成されていた。特に塩谷舞はこの舞台の影のMVPだと思う。

村上義典は小細工ではなくストレートに編集者を演じ好感が持てた。ちなみに2年も原稿を追うあの編集は有能だ(笑)。

(あの小説は、最終回は書かれたけど雑誌に掲載されなかった、とした方がいいような気がする。雑誌に掲載されたのであれば見つかる可能性は高く、少なくとも国会図書館にはあると思うので)

同僚教師役の井上嵩之(劇団・木製ボイジャー14号)のコメディー感は暗くて悲しい話にならないための必要なピース。そっち側に引きずられずに徹底していた。

教え子の由羽を演じた相馬日奈(島田彩華とダブルキャスト)は言葉を大事にしている感が伝わった。セリフひとつひとつの意味、感情を漏らさずにハッキリ言う。その姿勢が由羽という人物と重なる。

由羽の妹・真奈はぜひ観てほしい。演じる木村愛香音の熱演もあって今作一の怪人物……という表現が適当かどうか。日本の現代史をひとりの人物でなぞるという出色のこころみだ。

演劇シーズン2018夏も本作が最終ランナー。演劇シーズンは集客もあるし、どこかお祭り気分で派手なコメディーが好まれるし、実際よくあう。本作も笑いを入れようと思えばいくらでも入れられただろう(もちろん笑いもたくさんあるのだが)。

しかし、あえて過度な笑いに走らずに描くべきものを信念を持って描いているように見えた。

最後、物語が終わって、セリフはもうない。なのにその空白に僕たちは感動をおぼえた。ひさびさに完璧なエンディングだった。いい舞台にはいいセリフがある。すると不思議なことに、セリフのない部分すらもかがやいてくる。

言葉をつらね、思いを描き、感情をつみあげることで、いまこの地、この場所、あの空間でしかなしえないものをつくりだしていた。こういう舞台を「美しい」というんだろう。

 

公演場所:サンピアザ劇場

公演期間:2018年8月18日~8月25日

初出:札幌演劇シーズン2018夏「ゲキカン!」

 

text by 島崎町

SNSでもご購読できます。