戦争、ロマンス、人間 劇団新劇場『二人の長い影』

こうしてるうちにも時は流れていく。10年20年たって、いつかだれも、戦争を語る人がいなくなったとき、日本というこの国にいったいなにが残るんだろう。非戦論者を「平和ボケ」となじる、やたら好戦的な「現実主義者」たちだろうか。

ひとたび戦争が起こればどうなるか。想像力のない者には思いつきもしないだろう。しかし74年前、たった74年前にそれはあった。すさまじい数の人が死に、その何十倍何百倍の悲しみが生まれ、生き残った者も心の傷は生涯消えはしない。

直近の戦争から74年。……そうだろうか。これから74年間戦争がなかったらそうかもしれないが、74年以内に戦争があれば、いちばん近い戦争は未来の方にあるのだ。

そうしないための手立てはなんだ。想像力だ。戦争になったらどうなるか想像すること。いやさっき、想像力のない者がいると書いたばかりだ。想像できないなら見せてやればいい。いつか、戦争体験者はいなくなる。だけど戦争体験は残る。文字として、言葉として、物語として、劇として。

前置きが長くなった。劇団新劇場『二人の長い影』。山田太一の脚本だ。テレビドラマ界のレジェンド、小説や劇作の世界でも活躍している巨匠。本作は2時間たっぷり山田太一ワールドにひたれる。

主人公・小林久美は結婚して数十年になるが、夫にも戦争のときのことを話していない。夫もそのことはあえて深く聞こうとしない。老境にさしかかった平穏な日常に、電話が鳴る。

それは隠していた過去。戦時中、結婚を約束して離ればなれになった男からの、50余年ぶりの連絡だった。

劇団新劇場は1961年に設立され、これまで71回の定期公演を重ねてきたという。本作初演の2010年に札幌市民芸術祭の大賞を受賞。歴史、実力ともにある北海道の演劇を支えてきた劇団だ。

じっさい、劇を観ればよくわかる。主役の小林久美を演じる斉藤和子の品と奥深さ。その夫役の鹿角優一(「劇団新芸」。齊藤誠治とのWキャスト)のはつらつとしたユーモア。戦争で離ればなれになった男・坂崎真吾を演じた山根三男がかもしだす数十年におよぶ秘めた思い。

熟練の役者たちが見せてくれるのは人間それ自体だ。人間としての喜び、人間としての悲しみ、生きるとはどういうことなのか。舞台でそれを表現するのは一朝一夕にはできないだろう。札幌にもうまい若手俳優は何人もいるが、はたしてあの領域にまで達するにはあと何十年を要するのか。

そして坂崎の娘を演じる高野吟子。昨年、今回とおなじ劇場、PATOSで『マグノリアの花たち』でも観た。

演劇シーズンでは2016年夏にやはりPATOSで吟ムツの会『八百屋のお告げ』で好演していた。ガガガガガ!とたくさんの言葉をいっぺんにしゃべるときに、うるさくなく自然に伝えることのできる話術を持っている。

劇団新劇場では年齢として中堅どころ(という位置づけでいいのだろうか?)であり、こういううまい役者がしっかり脇を固め、さらに若手が生き生きと演じていた。

小林久美の若き日を演じる栗原聡美の力強さ。踏まれても踏まれても生き抜いていこうとする生命力。坂崎真吾の若き日は玉田裕太。本当に戦時中から兵士を連れてきたかのような神経の張り詰め方。

年代の違う役者たちが、舞台の上で過剰にではなく、にじみ出るようにそれぞれのよさを発揮する、これは演出・山根義昭の力によるところも大きいだろう。

そしてやはり山田太一の脚本。2時間を2時間に感じさせない緻密な設計で、グイグイと引きこんでいく。

注意深く劇を観てほしい。戦争パートで出てくるのは若き日の久美と坂崎だけ。そこでの壮絶な体験は、ほぼ久美による語りで説明されている。「~は~でした」というように。

しかし僕たち観客は、本当にその場面を目撃したかのような衝撃を受ける。語り、それのみなのに。山田太一のマジックと演出の技量、そして役者の努力がそれをつくりだしていた。

最後に。これは戦争の悲惨さを伝える反戦劇であると同時に、数十年のときを越えたラブロマンスでもある。さらにもうひとつ描かれていることがあって、それは人間という孤独だ。

戦争で離ればなれになった久美と坂崎は、50年以上誰にもそのことを話せなかった。夫にも妻にも、家族にも。ふたりにとっての戦後は、さまざまなことがあったが平穏で幸せな日々だっただろう。それでも心に影が、長い影が差しつづけていた。

そのまま人生を終える可能性もあっただろう。それで不幸だとは言われないだろう。しかしふたりは違った。坂崎がかけた一本の電話が、ふたりの影を、消すかもしれない。

山田太一はこの劇を、反戦という物語のみにはしなかった。ラブロマンスという世俗だけに落とすこともなかった。人間それ自体を見つめ、その影にスポットライトをあてて照らす。そこに、山田太一の希望、あるいは願望がある。影は消えただろうか。劇場に行って、観てほしい。

 

公演場所:シアターZOO

公演期間:2019年7月27日~8月3日

初出:札幌演劇シーズン2019夏「ゲキカン!」

text by 島崎町

SNSでもご購読できます。