トールキンに観てもらいたい 劇団怪獣無法地帯『傾国の美女~アラビアンナイト~』

作・演出 新井田琴江さん。

国王を選ぶのは「傾国の美女」という宝石。それぞれの思いから国王の地位を得ようとする者たち。

魔人、精霊が出てくるあたり、エンターテイメントとういよりファンタジーだと思った。それにしても、凄いタイミングでの上演である。ディズニーの『アラジン』の事を言っているのではない。映画『トールキン 旅のはじまり』の事だ。『指輪物語』を書いたあのトールキン。「劇は本来ファンタジーと相性が悪い」(妖精物語について)と言っていたトールキンである。そのトールキンの半生を描いた映画が上映されているときに、ファンタジー作品を上演するのだから、なんとも挑発的である。しかも『トールキン』ではある場面で影絵が使われているが、『傾国の美女』では影絵をふんだんに使っており、さらに挑発的である。

まあ冗談はさておき何が言いたいかというと、ボクからみると新井田作品は作者本人が意図している以上に刺激的に思える、という事だ。

まず国王を選ぶのは宝石の精霊、人では無いものが王を決める。世襲制ではない王政。現在進行形の王権神授説とでも言おうか。そして国民はその宝石の存在を知っている。現代人にしてみれば真に不思議な世界だ。勝手なイメージながら新井田さんが王権神授説を支持するとは思えず、そのギャップが面白い。ただ王権神授説だと悪い政治をすると神様にそっぽを向かれてしまう。王様も悪いことが出来ないところに好感を持ったのかもしれない。それとも宝石に選ばれるのに出自は関係ないようなので、ある意味平等な世界を描きたかったのか。

そして国王を選ぶくせに「傾国の美女」、国が傾いちゃうのが面白い。ネーミングの由来についての言及は無かったと思う。「傾国」と「警告」をかけているのか。宝石の力に頼る人間の愚かさに対する警告なのか?

さらに刺激されるのは、三人の国王(立)候補者がいて結局誰が選ばれたのか分からないところ。最後、機織り職人の息子を中心に大団円を迎えたようにみえたので「そうなのか」と思っていたが、購入した台本を読むと誰だったのか匂わせることも書かれていない。おそらく新井田さんにしてみれば「誰が選ばれたかは想像におまかせします」というところだろう。三人の内の誰かに決めてしまえば、その選ばれた理由も描かねばならない。それは作品を締めくくるうえで余計だと新井田さんは考えたのだと思う。(もともとのアラビアンナイトには教訓のようなものは読み取れない)新たな王が選ばれた理由は観客に任されたのだ。

誰が選ばれたのか、その理由は?実は自分なりに色々考えたのだが、ここには書かないことにした。どうしてもボクは寓意的にみてしまう。けれど新井田さんはトールキンと同じように「寓意」を嫌っていると思えるからだ。(架空の「日が昇る国」という表現も深い意味は無いと思う)だからそれを此処に書いてしまうのは余計なことだと思えたのだ。(いままで色々書いたけど)

代わりにもう少しトールキンの力を借りて作品の解説をしてみよう。トールキンは妖精物語が教えているのは「不死の重荷について」だという。また、なによりも大切なのは「悲劇の大詰め」からの「幸福な結末の慰め」。それを彼は「幸福な大団円」と名付けた。

『傾国の美女』でも不死の重荷に耐えられない魔女が出てきたし、友や仲間の裏切りという急転直下、悲劇からの大団円。『傾国の美女』の制作裏話としてインド映画のようなもの、アラビアンなものにしようとか色々あったようだが、実際は無意識にしても過去の読書体験、トールキンの影響が大きかったのではないかとボクには思える。(ボクは指輪物語を読んでないしロード・オブ・ザ・リングも観ていないけれど)

是非トールキンに観劇していただいて、感想を聞いてみたいものだ。(ありえないけど)

 

2019年8月29(木)19:30 ターミナルプラザことにパトスにて観劇

text by S・T

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