未来に遺したい物語。――劇団words of hearts『博士と過ごした無駄な毎日』


従来の身近なホームドラマ路線から発展し、近年『アドルフの主治医』『ニュートンの触媒』など、史実を下敷きにした作品を発表してきた町田さん。それらはまさに、この物語に出会うためのプロセスだったのでは、と思われる今作。初演を拝見しました。

『太平洋戦争末期、札幌市に隣接する江別市(当時は江別町)で作られていた木製戦闘機「キ-106」に携わった人々を描いた作品』ということで、今までは海外の人物が主だったので今回の「博士」とはどのような人物などだろうかと思っていましたが…「博士」とは、キ-106の原型となった四式戦闘機「疾風(はやて)」をもじって、この試作機につけられた愛称でした。(この事前ミスリードは町田さんのちょっとした茶目っ気なのでしょうかね)

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個人的には「江別で木製戦闘機が作られていた」程度の知識しかなかったので、どこまでが史実でどこからが町田さんの創作なのかと思い観劇後に調べてみたところ、驚いたことにキ-106と江別空襲に関わる部分はほとんど全てがノンフィクションでした。
アルミ合金の不足から進められた木製戦闘機の製造。2号機は江別から東京まで800km以上の長距離飛行に成功しますが、強度不足から量産計画は中止され終戦を迎えます。王子製紙江別工場(当時)では3号機までが製作されましたが、その3号機はある日江別飛行場を飛び立ち、その行方も、誰が何のために操縦していたのかも事実は分かっていません。のち1994年に江別市早苗別川畔の地中から設計図が発見されています。

物語は、今は老人となった浅野(本庄さん)が当時を回顧する第一幕から始まり、最終幕では彼の元に「設計図発見」の報がもたらされます。それは彼が50年前、3人の少女たちと共に地中に埋めたものでした。――この部分は史実かなと思って見ていたのですが、まさか工場撤収の日に連合軍の目を盗んで藤塚(温水さん)が飛ばした3号機の逸話まで本当だったとは…そんなファンタジックなエピソード(という言い方は戦時中の事ゆえ語弊がありますが)も作者の琴線に触れたのかと思いますが、それ以上に「この史実自体を広め、遺していきたい」という町田さんの強い想いがあったのでしょう。
そしてそれは、短い公演期間の終わりとともに消えていくことの多い小劇場作品の中にあって、町田作品が今後に残っていくきっかけ、物語と作家との出会いだったのかも知れないなと。
「未来に遺したい北の歴史」と言えば斎藤歩さん(札幌座)の一連の取り組みがまず思い浮かびますが、歩さんとは違うスマートさ、若さ、町田さんらしいキレイさ(褒めてます)で、この作品もやはり貴重な「北の歴史」として遺したい物語だと感じました。

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ロマンチストの町田さんらしい部分を発揮しながらも、過剰なファンタジーやエモーションに溺れることなく地に足をつけて描かれた戦時下の青春像。モンペ姿の3人娘が現れた時は類型的な人物描写がされるのかなと思ったのですが、上司や年上の男性たちを相手に自己主張を収めない彼女たちの描き方も新鮮でした。
ただし残念なのは、彼女たちの矜持のひとつでもあったはずの工場での役割が客席にいまひとつ明確に伝わってこなかったこと。僕の理解では、木製飛行機製造の要でもある部品強度の検査(実験?)を担っていると思ったのですが、客席には、単なる小部品組立係だと思っていた方もいたようです。彼女たちの作業が記号化しており分かりにくかった。舞台演出(小道具)もしくはセリフででも、もう少し作業に具体性を持たせてほしかったかな。

あと、重箱の隅をつつくとしたら、舞台下手を使った第一幕と最終幕。満員のパトスにしつらえた最前列の席からは(想定以上の集客による補助席だったのかも知れませんが)役者の姿自体があまり見えず没入感が幾分削がれてしまいました。再演時にもっと大きい会場を使うのであれば有効かもしれませんが、パトスなら舞台正面でよかったのでは。舞台下手部分の床が滑走路になっていたのもまったく見えず、あとで知りました。(あの滑走路も、大きな会場なら3号機のシーンなどで使えそうですが)

あとは公演時期。これは色々な事情もあるのでしょうから仕方ないことですが、先月の「札幌劇場祭」エントリー作品だったら審査員さんはどんな評価をしたかなと興味があり、この時期だったことは結構残念でした。気の早い話ですが、札幌演劇シーズンでの再演をぜひ望みたいです。また、町田さん自身は「いつか江別で公演を」という想いがあるそうですから、本作は今後さらにブラッシュUPされ、再演を重ねるごとにさらに評価を高めていく作品になることを期待しています。


2022/12/15(木)19:30 ことにパトスにて観劇
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劇団words of hearts『博士と過ごした無駄な毎日』
脚本・演出:町田誠也
【キャスト】
宮本 千繪 役/袖山このみ(劇団words of hearts) 
藤塚善太 役/温水元(満天飯店) 
黒坂妙子 役/飛世早哉香(OrgofA/in the Box) 
船尾トミ 役/服部一姫(札幌表現舎) 
浅野浩平 役/本庄一登(演劇家族スイートホーム)

text by 九十八坊(orb)

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