悩み多き中年の一コマ 札幌ハムプロジェクト『黄昏ジャイグルデイバ』

会場でもらったチラシによれば、このお芝居はこんな状況からスタートする(全文引用)。

 とあるカフェ
 もう中年になってしまった高校の同級生四人が集まる。
 彼らは、昨年亡くなったもう一人の親友・鈴木達夫を明るく偲ぶ。
 酒も入り思い出話に華やいだ所で、保険屋の田村誠が切り出した。
 「人間は、死ぬ。だから、考えたんだ」

 高校の同級生は、保険屋(能登英輔:yhs)、看護師(フルサキエミ:ハムプロ)、金融関係者(江田由紀浩)、警官(横尾寛)。四人が集ったカフェには、オーナー(赤坂嘉謙:清水企画)、店員(優美花)とアルバイト(渡辺ゆば:ハムプロ)がいる。高校の同級生は45歳(金融関係者だけ早生まれで44歳)。
 物語は、大きく3つのパートに分かれる。最初は四人が高校時代を懐かしみ、そして亡くなった親友との関係をしみじみ語る場面。中段は保険屋がある秘密結社を提案して四人が丁々発止の議論をする場面。そして最後は、四人とオーナーとの関係が明らかになり、高校の演劇部時代を再演する場面。

 このお芝居の見所は、最初の四人の会話だったように思う。45歳になってそれぞれの生きざまを披露しつつお話が進む。淡々と話しているのだが、四人の息もぴったりあい、本当に自分がその場にいて四人の話を聞いているような感覚に襲われた。それだけ引き込まれたというわけだ。ちなみに、お芝居で紹介していたが、中年とは45歳から65歳までをいうらしい。
 とくに警官役の横尾寛さんは、ぼやきつつも警官らしさを失っていなかったし、いいお芝居をしていた。金融関係者(サラ金?)を演じた江田さんもぐっと抑えた演技で、ぶち切れる役どころのイメージが強かっただけに(きっと「十二人の怒れる男」のイメージ)、弱々しい側面も持ちながら気のいい中年を演じていた。もちろん、中段でストーリーを反転させる保険屋役の能登さんも説得力があったし、病死した親友が入院していた病院の看護師を演じたフルサキエミさんもどこか暗さを秘めつつ明るく振る舞う演技が光っていた。
 入院している親友を保険屋が見て、「これで死ぬんだな。ただ死を待つしかなかった。」「管まみれで、抗がん剤で髪抜けて、機械に囲まれて、げっそりやせてた。こんなの達夫じゃねえなって思った。」などというセリフは、がん患者に接した経験があれば、それは間違いのない事実だが、それをお芝居の中で正面切っていわれると、グサッとくる。

 保険屋が提案した秘密結社はかなり奥深い内容だった。日本では安楽死が認められていない。世界でもごくわずかの国でしか認められていない。親友の死に直面した保険屋は、今の日本でできる安楽死プロジェクトを提案する。それは、まさに中年になって責任がある立場になった職場で、少しだけ裁量権を行使すればできるという。このプロジェクトを実行するためにすでに会社を辞めたともいう。しかし他の三人は同意しない。ここで保険屋と他の三人とのシリアスなやりとりが続く。
 裁量権のくだりで保険屋は次のように説明する。警官が死亡調書を書く際に、死因をちょっとだけぼかせばいい。保険屋はそれに従って保険金を支払う。それだけだという。各業界の賛同者が得られれば、その裁量権を行使するだけであらゆることができてしまい、個人が自分の好きなときに安楽死を選ぶことができるという。
 もちろん、この提案に全員が反対してこの話は終わるのだが、振り返ってみれば、絶対にやってはいけないことだが、なるほどと思わないでもない。着想が面白かった。

 最後の場面は、カフェのオーナーが実は亡くなった親友の兄(血のつながりはない)であったことが明かされるともに、高校演劇部で演じた新撰組を題材とした演劇を全員で振り返り大団円を迎える。
 カフェの名前は、オーナーの弟にして、四人の親友だった達夫が好きだったAcross the Universe。これが「ジャイグルデイバ」。お芝居のタイトルだけを見たときには意味が分からなかったが、ビートルズのAcross the Universeが流れて『なるほど』と納得した(タイトルって重要ですね)。

 すがの公さんのお芝居は初めて観たかもしれないが(札幌座のお芝居で脚本を書いたものを観たかもしれない)、『根が優しい人なんだろうな』と感じた。暗くなりがちなお芝居を、最後はハッピーエンド風に終わらせる演出は、観客をいい気分で退場させる。また、静かに流れる場面と動きがある場面を用意している演出も最後まで飽きさせず、お芝居に引き込ませる演出だったと思う。
 舞台装置も良くできていたし、音響も良かった。

 このお芝居は、東京からも役者さんを招いていて、札幌キャストと東京キャストの回があった。この日は千秋楽で、お昼は東京キャスト、夕方は札幌キャストだった。フルサキエミさんはこのお芝居を最後に札幌を離れるらしい。お疲れさまでした。
 会場はほぼ満席だった。
 そういえば、裏話的にいえば、私が座った列のひとつ隣りに小島達子さんが座っていた。役者さんたちは他のカンパニーのお芝居をどのように観ているのか、ちょっと気になった。

上演時間:1時間21分
2023年7月29日16時
コンカリーニョにて

text by 熊喰人(ゲスト投稿)

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