死してなお変わらないもの  Compagnie “Belle mémoire”6th 『Trust Me』

脚本・演出 山口健太

人間の価値が数値化された世界は不都合な事実が消去された世界だった。変わっていく世界の中で変わらなかった男の物語。

物語は相澤雄介(横山貴之)が自著を読み返す場面から始まる。故人で青年実業家だった冴島怜(山口健太)の半生を高校時代の親友であり同じ文芸部だった相澤が本にした。彼女の都環(五十嵐みのり)に将来の夢を聞かれ「今のままがいい。環と雄介が近くに居れば・・・」と野心のかけらもなかった怜。いつか共同制作をしたいと雄介と語り合ったことが実現したのだ(雄介は忘れていたのだが)。本を基に回想のかたちで話は進んでいく。

雄介は作家を目指すが限界を感じて筆を折り、それとは知らず強固な監視社会を作ろうともくろむ笹川要(池田僚)の下で働き始めた。その笹川に会社を潰された過去を持つ牧野オビト(Daleko)は復讐の機会を伺う。高校生のとき両親を亡くし、施設も追われてホームレスになった怜は牧野に拾われ、復讐を手伝うため青年実業家を演じていたのだった。

そんな事情を知らない雄介には怜が「変わってしまった」ように見えた。だから自分から怜に会いに行くことは無かった。そんな風に見られていた怜が雄介に執筆の依頼をしたとき、流れから人探しの依頼もすることになる。高校時代の彼女、環は行方不明になっていたのだ。

調査の結果、死んだと思われていた環が生きていたことが分かる。笹川に襲われた過去があり身を守るため姿を隠していたのだった。その環が監視社会を強めていくシステムを利用して見つかったのは何とも皮肉である。誰に何と言われようと本心では環の生存を信じていた怜だったが、笹川の策略にはまり環と再会することなく銃弾に倒れるのだった(事件との関連が明るみに出た笹川は海外へ逃亡、システム開発も頓挫した)。

本のプロローグ。雄介の祖母の葬式には沢山の人が参列したという。人の心の奥にあるものを見、心で人と繋がっていた証のように。だが怜の葬式に参列したのは雄介と環の二人だけだった。彼の人生は不毛だったのか・・・。けれど思い出していただきたい。将来の夢を語ったときのことを。彼には彼女と心で繋がる友の二人がいれば充分だったのだ。たった二人の参列者は変わらなかった怜の証のように思える。

立ち上げたオンラインサロンも自分の利益のためではなく、痛みを抱えた人たちを繋げたいと思ったのかもしれない。(高校生のとき、環の「ママとお父さん」は離婚した。パパではなくお父さんとの表現からおそらく血は繋がっていない。性的暴行を受けていたよう。)それらの人たちが自分に感謝してくれることなど望んではいなかったと思う。

「変わるのは世界だけだ」「人間の本質は変わらない」

自分を信じてもらえなかった怜が議論の中で雄介に対して放った言葉。高校時代の思い出を大切にし、環や雄介を信じる心から発せられた言葉だろう。変わっていく世界の中で変わらなかった男の発する激しくも無垢な言葉だったからこそ胸に響くものがあった。ボクの心が歪んでいるのを自覚させられたからなのか、正直心が揺れた。と同時に皮肉にも思えた(歪んでいるだけある)。

どんなに環境を整え立派な社会制度を作ったところで人間性が向上することは無い。システムによって悪人が善人になることは無い・・・と。

 

2023年8月27日(日)12:00

演劇専用小劇場BLOCHにて観劇

text by S・T

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