どこにでもあるけど、どこにもない 弦巻楽団『SEPTEMBER』

 舞台は、北海道十勝地方の町。この町の南波(みなみなみ)中学校が翌年3月に閉校になる。その中学の生徒と教師、住民との間で繰り広げられる「演劇部復活」を巡る出来事がストーリーの骨子だった。
 生徒減による閉校は、中学のみならず高校でも進んでいる。しかも、少子化に伴って、北海道だけではなく全国的にも進んでいる。そういった意味では、「舞台」はどこにでもある。一方で、現役部員が一人だけで、そこに中学OBのおじさんたちが部員としてかかわり、かつてこの中学で学んでいたときに亡くなった生徒が幽霊となって登場する。舞台は現実でもお芝居はどこにもない設定。まずはこのような設定が面白かった。

 見終わって最初に思ったことは、「このお芝居は、全国の中学、高校で上演すべき」ということだった。もちろん、お芝居の舞台が中学校ということもある。しかし、それ以上に、生徒と教師、子どもと母親、生徒と地域住民の関係を、演劇を通して考えてもらえるのではないかと思った。そして、自分一人で生きているように見えていても、何かしら心を動かす人間に支えられていることを、今の中高生に演劇を通して感じて欲しいと思ったからである。

 お芝居には8人の役者さんが登場していた。一人一人が個性的で、それぞれのお芝居に引き込まれた。
 まずは中年3人組。校長の二俣(温水元)、校長の同級生の百ノ塚(イノッチ)、そして郵便局員の田中(阿部邦彦)。三者三様で、一人一人の生き方がセリフとなって表現され、『なるほどそういう生き方をしてきたのか』と人物像が明確になった。とくに校長が「私は何一つ間違ったことはしてこなかった」と断言しつつ、何か間違っていたのかもしれないという憂いを言外で表現していた。含みを持つ演技(演出)は心に響いた。中学生、野島明日香(相馬日奈)の元に最初に駆けつける百ノ塚(もものずか)。演劇部OBであり、やんちゃな中学生活を送っていた百ノ塚が、大人になっても演劇部の思い出を忘れない言動は、演出家の思いを代弁しているように感じた。そして田中。生い立ちは決して恵まれていないものの、大人になって何かに打ち込むことに目覚めたような立場をうまく表現していた。
 ちなみに、弦巻楽団のお芝居で温水さんを何度か拝見しているが、今回も『うまいなあ』と感じ入った。もちろん、イノッチさんも阿部さんもうまかったのはいうまでもない。凄いぞ中年3人組。

 野島明日香が通う中学の教師、木本先生(佐久間泉真)と進藤先生(木村愛香音)。木本先生は優柔不断な側面を持ちつつも「生徒のため」という大義名分を忘れない存在として描かれた。一方、進藤先生は『こんな先生いるよな』と思わせつつ、校舎の外に住みついた子猫の世話をする日常も描いていて、木本先生も進藤先生も、教師としての等身大の人間を表現していたように感じた。

 さらに、幽霊となって現れたしじみ(柳田裕美)。最初に登場したときには、そのメイクと相まって鳥肌が立った。途中からは、ややひょうきんな言動で明日香の活動を応援する立場に立つ。大人には見えない存在としての演出はありがちだが、このお芝居では明日香と同じ視線を持つ存在として必要だったと思う。
 ひとつ気になったことは、幽霊のしじみに明日香がいうセリフ「お盆の頃には見えなくなってるね」は、演題が「SEPTEMBER」なのに、『8月の話なの?』とちょっと引っかかった。

 そして、なんといっても明日香の母親、あかり(塚本奈緒美)。まずはガラスのような冷たい感じで、しかも押し殺したトーンでのセリフは、とにかく怖かった。とくにやや震えた感じで「明日香には友だちでいようねといったよね」というセリフには、こちらも震えた。明日香が演劇を始めたことを素直にいい出せない理由も納得できるようなセリフとお芝居だった。後半は、何かが吹っ切れたように、明日香や中年演劇部員を支援する変わり身は、重く暗くなりそうなエンディングを華やかにしてくれた。うまい演出だと思ったし、それをうまく表現した塚本さんの演技も良かったと思う。
 最後になるが、唯一の中学生、明日香は、最初は心を閉ざしているように見えて、実は自分がやりたいことをやり通す、強い意思を持った中学生として描かれていたように思うし、相馬さんの淡々としたセリフ回しの後ろに意思の強さを感じた。

 一人一人について思い出しながら書いてみたが、これほど一人一人の存在が際立っているお芝居はめったにお目にかかれない。全員が主役級といっていい。それだけ個性的に描かれていたし、役者さんたちもうまかった。その8人がうまく絡み合ってお芝居が進んでいたので、面白くないはずがなかった。
 かつて、サンピアザ劇場で弦巻楽団のお芝居を何本か観たことがあるが、笑いの要素は含みつつ、はしゃぎすぎずにお芝居を進めていくという点が特徴なのかもしれない。100分という上演時間もあっという間に思えるほど、テンポ良くお芝居が展開していたと思う。
 そして弦巻さんがこのような内容のお芝居を20周年記念に書いたということは、弦巻さん自身が芝居好きで(当たり前といえば当たり前)、もっともっと演劇の裾野を広げようと考えていたからなのだろうと思った。そうであれば同感である。

 弦巻楽団の皆さん、20周年おめでとうございます。
 
 
弦巻楽団『SEPTEMBER』(脚本・演出:弦巻啓太)
上演時間:1時間40分
2023年9月14日19時30分
コンカリーニョにて

text by 熊喰人(ゲスト投稿)

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