終りから始まる物語  我等、敵モドキ 『惜しまれ応援』

脚本・演出 櫛引ちか                                                                            札幌学生対校演劇祭 第14章 参加作品

飛蛾高等学校の応援団員、須藤進夢(菊地駿斗)・糸井育美(櫛引ちか)・的場正人(中禰颯十)の三人が引退を前に退部届を団長(姿を現すことはなく、女性)に渡そうとする物語。

部室の前で退部しようとする3人が鉢合わせ。3人一緒に辞めたら惜しまれる割合も1/3になってしまうと、しょうもない理由で互いを牽制する。退部の決意の強さを競うため、各自入団の動機から「敵モドキ」ならではの声量と切れのある動きでユーモラスに説明していく。中でも的場のエピソードは今作の鍵となる。団長とは中学が同じで実は恋心を抱いていた。その彼女に誘われて応援団に入ったという。的場は団長に告白した過去があるのだが「応援団員は恋愛禁止の規則があるので」と断られていた。しかし、その団長が野球部の部長とデートしているところを須藤が目撃し、噂は応援団内に広まってしまう。それが3人の退部を決意させた要因であった。糸井はその噂を知らなかったが、応援団なのに団長に団員の敵意が向けられる雰囲気に耐えられなかったのだ。その敵意が何かの拍子に自分に向いたら・・・と。

3人はこんなに話し合うことは久しぶりだ。いつから話をしなくなったのか考えてみると、合宿(入団テストだったかな?)で先輩たちから「団長の座を争うのだから他の奴等は敵だと思え」と、訓練で意識が朦朧とするなか刷り込まれてからであった。カルト集団で精神的に追い込まれマインドコントロールされていくような様は、櫛引作品らしく悍ましい場面だった。

こんなやり取りの最中、団長と交際しているはずの野球部部長がマネージャーと空き教室に入っていく。覗いてみると二人はキスをしている。興奮する須藤と糸井!的場は団長が傷つく姿は見たくないので「頬っぺたに付いたご飯粒を口で取っただけかも!」と変顔と可笑しな身体表現をともなって錯乱する。純粋さをこじらせ可愛く思えてくる。「誰も団長に野球部部長と交際しているか確認していない」と互いにエールを送り、勇気を出して部室のドアを開ける。そこに部長の姿はなく、団長が書いた退部届があるのだった。

団長の退部届で物語は終了するのだが、観客としてはここから物語が始まるといってもよい。団長は恋をしてしまったのだ。許されないと分かっていても気持ちを抑えることができなかった。当然と言えば当然の、団員たちの厳しい視線。そして失恋。どんな気持ちで退部届を書いたのか・・・胸が痛くなってくる。惜しまれて辞めたいと思った三人が、団長の退部を惜しむのか?なおかつ引き留めるのか?どんなエールを送るのか?団長が一度も姿を現さず人物像も分からないがゆえに観客は自由に想像できる。バラバラだった同期4人の笑顔や涙を想像したのはボクだけでは無いはずだ。少なくとも的場は愛くるしい変顔で団長を励ましたはずである。いつも人間の醜さを突き付けてきた櫛引作品だが、今回はちょっと優しい気持ちになれる作品であった。

 

2023年11月5日(日)13:00

演劇専用小劇場BLOCHにて観劇

text by S・T

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